2021年後半に読んだ本の記録

私生活で色々なことがあって、2021年はあまり冊数を読んでいない、らしい。『三体』のボリュームがもの凄かったのも原因だろう。

とりあえず、2021年に読んだ本をいろんな視点で大まかに分類してみる。

 

小説9冊(短編集含む)、エッセイ4冊、ノンフィクション系1冊、対談本2冊、新書2冊。

 

日本人作家14冊、中国人作家3冊(全部『三体』)、アメリカ人作家1冊。

 

男性作家9冊(『三体』が3冊)、女性作家9冊。

 

全て2010年代以降出版(発表)の本だった。

 

計18冊。

以下、記録を振り返ってみる。


12/5

『どうやら僕の日常生活はまちがっている』(岩井勇気)を読み始めた。


10/23〜12/5【18】

『批評の教室 チョウのように読み、ハチのように書く』(北村紗衣)、読了。

実践的に批評の書き方を解説する本で、読めば誰でも書けるようになるだろうし、誰もが書きたくなるだろう。もちろん、質の高い批評が書けるかどうか、は置いておいて。

この本の中で、最もクリティカルで象徴的な言葉は『批評はコミュニケーションである』だ。この視点が入るだけで、批評に対して持つイメージが大きく変わる。批評がクリエイティブなものとして説明される章や、批評を通じてコミュニティが作られていくことついて言及する章も、批評が持つ『作品について評価する』機能を超えて拡張した部分を取り上げていて、批評自体について深く考えたことの無かった自分にとっては、目から鱗が落ちる気がした。

そして、やはり自分がこのブログに記録している文章は自分自身に向けての記録でしかなくて、「批評ではない」ということをはっきりと理解した。一方で、オープンな場に書いている以上、コミュニケーションは発生し得るし、批評になる可能性もある。一度くらい真正面から批評を書いてみたくなった。

著者は世の中に批評が増えることを歓迎しているし、書き手を増やすためには素晴らしく丁寧なガイドになる本だった。


10/4〜10/22【17】

『2010s』(宇野維正 田中宗一郎)、読了。

ずっと前に買ってあったが、読むタイミングを逸してしまって、「特定の時代を切り取ってる内容なので、早く読まないと古びてしまうのでは…」という懸念と、「でも、コロナですっかり変わっちゃったしな…」という諦めの間で葛藤してしまって、なかなか読めなかった。それでも、決心してようやく読むと、まだまだ有効な内容で安心した。

POP LIFE : The Podcastでお馴染みの二人による対話を通して、2010年代のポップカルチャーを総括するような本。これまでに二人の声を何時間(何十時間?)も聞いてきたので、二人のやり取りは容易に音声で脳内再生できるが、やはりテキストになると少し印象は違う。特に、宇野氏が年上への敬意を持った言葉選びをしている気がして、興味深かった。

まずは、とにかく二人の広範な知識を持って多彩な角度から放たれる言葉の強さと量が凄い。飛び交う固有名詞は大まかにはわかるが、詳しくないものも多くて、後で調べてみたい。紹介している作品の中では、特に『ゲーム・オブ・スローンズ』が1話しか観れていなかったけれど、楽しく読めた。ネタバレはあっても問題無さそうだった。ちゃんと興味が湧いた。

二人は、話題に挙げるカルチャーについて、他のカルチャーの例えを使って説明することが多かったのだけど、その現象を見かけるたびに、いろんなカルチャーに相似形を見つけられて嬉しかった。特にポップミュージックを例にすることが多かったかもしれない。二人の対話から関係し合っているカルチャーにも気づけた。

『ファンダム』という言葉が何度も出てきたが、これは2010年代の大きなキーワードとなるのだろう。確かに、SNSの影響力の拡大がファンダムの存在感を強めた実感がある。本編でも指摘があった通り、ファンダムが善く作用する場合もあったし、悪く作用する場合もあった。『ポピュリズム』という言葉への言い換えも可能で、そこが政治や経済と繋がる社会問題とも密接に関わっているのもわかる。

とりあえず、二人の対話自体が面白い。

まず、前半のなかなか同意点に達しないやり取りがスリリングで、お互いにちゃんと自分の考えをぶつけ合うから、全然気持ちの良い瞬間が訪れない。この粘る時間の継続が、本来の対話かもしれない。

二人の作品への向き合い方の違いが鮮明に表れてくるのも、この本ならではだ。宇野氏は文化を含む全体を見つつ、現在の熱狂の中心に関心がある感じだった。俯瞰して見る光景の中に、主体としての彼自身が入ってるイメージができる。それに対し、田中氏は過去から未来まで全て俯瞰して見ながら、自分の関心が持てる構造を探していて、その光景の中に彼自身は置いていない。上記はかなり漠然としたイメージだが、こんなに違う二人が意見を言い合うのだから、そりゃ本にまとめるのは大変だろう。ポッドキャストでこの本の制作秘話を聞いたこともあったが、読めばその大変さがわかる。相手が加筆すると、自分の部分をどうするか、という確認が必要になるだろうな。編集者の方もお疲れ様です。この様子を読むと、これからの時代に重要なのは対話だ、と改めて思う。


9/27

『東京の生活史』(岸政彦 編)を読み始めた。


9/4〜10/2【16】

『百年と一日』(柴崎友香)、読了。

この短編集は、柴崎友香の集大成であり、新境地でもあった。

各短編のタイトルは、あらすじを殆ど説明してしまっている。小説は「あらすじだけでは味わい尽くせない」し、「ネタバレしてても面白い」という宣言にも思える挑発的な手法だった。保坂和志柴崎友香の小説を評して、ちゃんと時間の流れが書かれている、というようなことを言っていたけど、その特徴を最大限に感じた。

新聞記事を彷彿とさせるような、筆者の顔を極力隠したような淡々とした文体で、伸び縮みする時間をダイナミックに描いていた。小説でしか掬えないような普通の人々の生活や一代記が、克明に描かれている。いや、というよりは『記録されている』ように感じる。その感触はたまたま同時に読んでいる『東京の生活史』(岸政彦 編)とも響き合っていた。

本当にどれも面白くて、ホラーっぽい話も好きなんだけど、一番好きな短編は『角のたばこ屋は藤に覆われていて毎年見事な花が咲いたが、よく見るとそれは二本の藤が絡まり合っていて、一つはある日家の前に置かれていたということを、今は誰も知らない』。時間経過の描き方が読んでて心地良いんだけど、最後の一文の切れ味の鋭さが本当にカッコいい。諸行無常のクールさ。自然と『百年の孤独』を連想したのだけど、意識した作品だったのだろうか。


8/26〜9/4【15】

ブックオフ大学 ぶらぶら学部』、読了。

さまざまな人物がブックオフ(やそれに類する新古書店)について書いた本で、みんなのブックオフへの愛憎入り混じった感情を堪能できた。

ブックオフに入り浸る人に感じるボンクラっぽさの原因は何だろう?

その答えはわからないけど、どれもこれも、隣で一緒に棚を見ている同士みたいな人達が書いてくれた文章だった。

武田砂鉄氏は相変わらずガチでわけわかんない本ディグってて笑ったし、佐藤晋氏の文章は全くいろんな芯を食わずに迂回し続けてて妙な面白さがあったし、Z氏の『せどらー』の歴史は民俗学社会学的な観点から価値がありそうだった。

俺は『ブックオフ大学ぶらぶら学部買わずに立ち読みばかりしててごめんなさい学科』所属だ。中学〜大学くらいまでお金が無さ過ぎて、買わずに立ち読みすることが多かった。立ちっぱなしで数時間いることもあるから、出る時には足が疲れ切っていた。ああ、久々にブックオフに行きたい。あの頃よりはお金があるから、少し本が買えるのに。俗っぽい本棚に圧倒されたい。しょうもない本を買うか買わないか迷いたい。


7/2〜8/26【14】

『三体Ⅲ 死神永生』(作:劉慈欣/訳:大森望、立原透耶、上原かおり、泊 功)、読了。

圧巻。どんどん広がりながら進んでいく小説世界に驚き続けているうちに終わった。どこまで描くのか、と終始不安だった。宇宙の終わりとその先にある始まりまで一気に描く想像力は、相変わらず凄まじかった。かつて宇宙の無限の広がり自体を小説で読んだことがあっただろうか。

序盤はⅡに似ているし、Ⅱと地続きなので読みやすかった。ずっと展開に振り回される喜びで満たされていたが、終盤まで行っても、カタルシスに向かっている感じはしないし、物語が拡散し続けていくような印象を受けた。そうなってくると収集がつかなくなりそうなものだが、ギリギリのところで踏み止まって、読者を見たことない世界に連れて行く。

今作の主人公は、非常に優秀で常に政治的に正しく行動するように見える優等生の女性・程心で、その人物造形からは、前作で感じていた女性観の微妙さが軽減された。常に公正・公平であろうとする彼女の選択が、結果的にいつも地球に危機をもたらしてしまうのは、皮肉では無いし、正しさの弱さを強調したいわけでも無いのだろう。

一方で、不思議と魅力的に描かれてしまっていると感じたのが、ウェイドという男だった。彼の冷酷な判断は、短期的には正しく思えない犠牲を伴うことが多いが、人類全体の行く末を見通すと正しかったように見える。その判断力に一定のクールさが備わっていた。彼の過去は描かれず、人柄も本当の気持ちもいまいちわからない。ただひたすら冷酷な判断する人物として機能的に描かれていたのに、なぜか面白い。

その2人の対比を見ていると、筆者がどんなに苦境でも人間が選ぶべき姿として描いているのはウェイドではなく、程心なんだろうな、と感じた。

天明の寓話も面白くて、それ単体で本になりそうな完成度だった。作品内作品がきちんと小説全体に呼応している構造も素晴らしかった。


6/25〜8/17【13】

『さいごのゆうれい』(作:斎藤倫/画:西村ツチカ)、読了。

毎晩、子供が寝る前に読み聞かせた。自分自身が西村ツチカ氏の絵を好きだし、斎藤倫氏の『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』も良かったので、迷わず買った。

予想以上に西村氏に描かせてることに驚いた。え、こんな些細なワンシーンも!?みたいなことが沢山あって、贅沢な本だった。

今作の斎藤倫氏の情景描写はかなり詩的で、ちょっと飛躍した展開も無理なく受け止められるようになっていた。分類としては、ファンタジーになるのだろうか。とある感情が必要かどうかを考えさせたり、様々な喪失のあり方を教えてくれる点は、非常にエデュケーショナルで、子どもが初めて読み通す本としても凄く良さそうだった。息子がもう少し大きくなったら、改めて自力で読んでみてほしい。