みんな空に包まれて

 空を見るのが好きだ。誰だって空の下にいて、(監禁でもされてない限り)嫌でも空を見るんだから、空を見るのが嫌いだったらさぞや大変だろう。

 ポルトガルで特急に乗ってポルトからリスボンへ移動している間、暇だったので日本語の小説を読んでいて、とても自分が滑稽に思えた。起きてるんだったら、もっとポルトガルを満喫した方がいいんじゃないか。勿体無いじゃないか。せっかく高い金払ってこんな遠いところまで来たんだし。というわけで、しばらく空を睨んでいた。
 旅行中、何度か思ったことだが、「空が日本とは違う」と改めて感心した。雲が何層にも重なって分厚くなっていて、そこから漏れる太陽光の色に初めて見る彩りがある。入道雲、鰯雲、たなびく雲、と日本の雲も多彩だけれど、日本でああいう重層的な厚みの雲を見た記憶がない。いや、日本の雲で多彩なのは呼び名かも。
 実は空の写真を撮るのも好きで、何枚か撮ってみた。空はコロコロ変わるので見てて飽きなくて好きなんだけど、大っぴらに言うのは繊細さや芸術家肌をアピールしてるような気がして、少し自意識が疲弊する。しかし、外で写真を撮れば自然と空が写り込むし、かなりの割合で『空をどうやって切り取るか』という構図になる気もする。
 だから、仕方なくない?
 結局のところ、空は、世界中どこの空でも面白いだろう。
























 そして、ポルトガルからロンドンに向かう空の上にいた。当初の予定ではパリ経由で日本に帰る予定だったが、エールフランスがオーバーブッキングをやらかしてくれたせいだ。その「せい」というか「おかげ」というか、初めてロンドンに降り立つ。その後に乗るエアチャイナには一抹の不安を覚えていたが、その嫌な予感が的中したとわかるのは数時間後だった。
 それにしても「ユアフライトイズフル」と聞こえた時は、俺の拙い英語力でも異常事態だとわかった。予約ってのは何のためにしてるんだ!
 それで、仕方ないから機内でまた日本語の小説を読んでいた。もう滑稽でも何でも仕方ない。空を見るのもそろそろ飽きていた。
 ふと通路側の席を見ると、西アジア系らしき女性もアラビア語で書いてあるっぽい本を読んでいた。二人してポルトガルにもロンドンにも関係ない本を読んでいて、何だか不思議だった。
 トイレに行くために席を立った。黒人女性が白人女性と一緒に彼女の子供らしき赤ん坊をあやしていた。とてもかわいい赤ん坊で、ずっと笑っていた。韓国人らしき女性がスマートフォンで写真を加工して目を大きくしていた。別の黒人女性の二人はトランプをしていた。トイレと席の往復の中で見た景色の中では、思ったより人種が入り乱れていたけど、皆のやってることは自分とあまり変わらなくて、妙な親近感を持てた。
 トイレに向かう途中で、かなり離れた席に座っていた奥さんにポルトガルで買ったポテトチップスを渡した。急遽席をブッキングしたために、席がバラバラになっていた。
 トイレから帰る途中で、奥さんが丸めたティッシュの塊をくれた。その中には、ポルトガルでおじいさんがくれた生姜やお菓子が入っていた。
 そのおじいさんとはリスボンのレストランで楽しく話した。彼はジョゼフという名前で、ギタリストでボーカリストで、坂本龍一やデレク・ナカモトという人と仲が良かったらしい。あまりに突飛な話だったので嘘みたいに思えたけど、ジョゼフは嘘をつきそうには思えなかった。楽しかったから嘘でもいいんだけど。
 生姜は日本で食べるのと変わらない味に思えたけど、とても美味しかった。やっぱり。