NIKKI(3/30〜4/5)

3/30 木曜日

色々と遅れて思い通りには進まなかった。
はいはい。仕方ない。寝るのが遅過ぎたよ。わかってる。
息子を保育園に連れて行って別れた。どんどんバイバイがおざなりになってきた。ふむ。成長してる。
 
行きの電車で『七帝柔道記』を読み進めた。グッと心をつかまれている。読み終わったら高校の同級生に勧めよう。
 
昼ごはんを食べる前に、書店で本を5冊買った。漫画2冊と本3冊。俺はやっぱり『所有』にこだわりたいらしい。アクセス出来るだけじゃつまんないんだ。見た時に思い出せなきゃ楽しくないんだ。
書店に長居し過ぎて時間が無くなって、昼ごはんにかけうどん、かしわ天、かき揚げを大急ぎで食べた。
 
帰りの電車で昼間買った『アイアムアヒーロー』(花沢健吾22巻を読んだ。完結巻。買う前にたまたまAmazonのレビューで酷評されていたのを読んでしまって、不思議に思っていたのだが、その理由はわかった。何らかの区切りを期待した人には、すっきりしないだろう。ラストの『アイアムレジェンド』みたいな展開も、並行世界で3.11が起きているような描写も、必要なのかどうか、よくわからなかった。
次に、『あれよ星屑』(山田参助6巻も読んだ。相変わらず、面白い顔の人がいっぱい出てくる。戦後の猥雑なエネルギーが見事に表されていてドキドキする。
 
家に帰ると誰もいなかった。
しばらくして、妻の実家から妻と息子が帰って来た。
息子を風呂に入れて妻と寝かしつけていたら、寝てしまっていた。妻が先に一度起きたようだ。息子が泣き叫び始めて、寝ぼけながら俺も起きた。妻が宥めに戻って来てそのまま寝かしつけた。
 
それで、しばらく寝室とリビングを行ったり来たりして二人の様子を確認していたが、妻はもう起きられないようだった。
 
晩ご飯として、マルちゃん正麺のカップ麺、卵かけご飯、ブロッコリーミニトマトを食べた。
適当に準備したり食べたりしながら、録ってあったNHKの『人間ってナンだ?超AI入門』を見た。去年くらいから人口知能に興味がある。ディープラーニングニューラルネットワークという単語を見て、ぼんやり意味がわかるくらいには調べてるので、技術面で新たな発見などは無かった。人間と言葉の関係の話や、英語の理解に関する感覚的誤解の話は、新鮮だった。AIを勉強するために、より人間の深い理解が必要になる、というのは当たり前だが面白い。
 
その後、ダラダラと『コードギアス R2』を2話分見た。ロボットの変形・合体シーンはサンライズの貫禄。
 
見終わってもダラダラしたい気持ちは強かったが、観念してradikoのタイムフリーで『オーディナリーミュージック』真舘晴子(The Wisely Brothers)選曲回を聴きながら、皿と風呂を洗った。
女性の選曲者は初だったらしい。このThe Wisely Brothersというバンド名をやたらと目にしたし、この女性が映画について語った記事(http://www.cinra.net/interview/201703-thewiselybrothers)も読んでいたので、気になって聴いてみた。彼女達の曲『サウザンド・ビネガー』(https://youtu.be/CK853IQoEy0)は冒頭でかかった。一度『アルコ&ピースD.C.GARAGE』でも聴いていたが、かなり特徴的なボーカルでやたらと耳に残る。歌詞もメロディも何だか変なところがあって、妙に気になる。チャットモンチーやふくろうずを思い出したのは、ボーカルの声質が似てるからだろうな。選んだ曲の中にクラシックが入っていた。この番組で初めて聴いたかも。インストもあった。スローテンポで丁寧に聴かせる曲が多い印象を受けた。
 
やるべきことが終わって、『七帝柔道記』を読んだ。めちゃくちゃ読んだ。先が気になってるわけじゃなくて、この本をずっと読んでいたくて、読んでいる。方法として読み進める他無いのがもどかしい。
そして、午前3時半。やっちまった。
 
 

3/31 金曜日

曇っていた。
予報では雨が降るのは夕方からのようだったので、自転車で息子を保育園に送った。また今日も遅れていた。
 
行きの電車では『七帝柔道記』を読み進めた。もう止まらない。七帝柔道は俺の知ってる柔道とは全く異なる。それでも、面白い。ということは、これは誰が読んでも面白く思える、のかもしれない。
 
昼食はチキントマトシチューとトーストとサラダ。生温かいシチューの中に入っていたチキンが冷たくて、噛んだ感触がめちゃくちゃ気持ち悪かったので、思わず吐き出した。冷凍か冷蔵か知らないが、ちゃんと温めてくれ。不快だ。
とイライラしたが、『七帝柔道記』の面白さの前では、些細なトラブルだった。とにかく面白いじゃねえか。だんだんと小林まことの名作漫画『柔道部物語』の様相を呈してきた。いいぞいいぞもっとやれ。
 
帰りの電車でも『七帝柔道記』を読んだ。どれくらい実在するモデルがいるんだろう。それぞれのキャラクターの特徴の細かさや生々しさに読ませる面白さがある。
 
息子が体調が悪いらしく、ご飯も食べない上に、機嫌も悪く、妻にベッタリついて回ってて晩ご飯が作れないので、買って来てほしいという連絡が来た。
それで、帰りに松屋でビビン丼を二つ買って帰った。
 
帰ると息子はグッタリしていた。
体調悪い時の顔をしていた。晩ご飯のビビン丼を妻と食べながら、息子にベビーフードのカレーをあげたが、息子はほとんど食べられなかった。
食べ終わって、息子の体温を測ったら38度。やはり若干高いか。少し疲れてウトウトしてしまった。意識が朦朧としている間に、息子は寝てしまっていたようだ。仕方なく服を着替えさせて、風呂にも入れず寝かせた。寝息が荒くて、体調の悪さを窺わせた。
 
風呂に入った後、『フリースタイルダンジョン』を見た。初の女性ラッパー。ジャパニーズヒップホップ界隈はまだあんまりジェンダーの問題意識に関して言及が無さそうだと思った。勿論、フリースタイルバトル界隈だけかもしれないし、性質上触れるのが難しいのかもしれないが。
次に出て来た慶大生(?)の金持ちキャラは、ヒップホップをやる人の中では新しいイメージを持ち込んでいたが、ただ親が金持ちなだけで偉そうにするのは、端的にダサかった。これはヒップホップもラップも関係無い。
来週、呂布カルマだ。名前だけ知ってた。ほう。
その後、たまたま録れてた『ネコメンタリー  猫も杓子も。 角田光代とトト」』という番組を見た。定点で猫の家での生活を撮ったりしていたが、明らかに人が撮ってる映像もあったりしたのは不思議だった。【任務十八年】というタイトルの書き下ろし小説の朗読もあったが、猫が人を平和的にするという見解は、猫を飼う効能としてとても明快で腑に落ちるものがあって面白かった。
最後に、Netflixで『火花』4話を見た。見てて気づいたのは、そこそこ混んだ電車の中とか線路の近くとか新宿のバスを待つ道路とか、とにかく環境的に撮影しづらそうなロケ地のチョイスが多いということ。渡辺大知とのやり取りは青春感凄かった。
 
それから、奥さんにThe Wisely BrothersMV2本見せた。やっぱり好きそうだった。俺も改めて瑞々しさを感じた。『フリースタイルダンジョン』見た余韻もあってか、ちゃんみなの動画をいくつか見た。前にも見てたやつもあったが、改めて見ると、ああ、こりゃ売れるわけだ、と思った。楽曲は全然邦楽に聞こえなかった。
 
その後、radikoで『菊地成孔の粋な夜電波』をリアルタイム聴取しながら、皿を洗った。眠いとしきりに言っていただけあって、いつもにも増して駄洒落や言葉遊びからのトークの脱線や飛躍が凄くて笑った。
 
風呂を洗った後、洗濯物を畳みながら『コードギアス R2』を1話分見た。ゼロが宣言するだけのシーンが、ぐわ~っと気合い入った動きしてて笑った。
 
後は寝るだけになったのに、『七帝柔道記』を読んでしまった。大学生特有の青春もグッと来てしまう。この後もまだ主人公の人生に関わってくるのかどうかわからないキャラクター達がリアル。出会いだけは多かった大学生一年目。
そして、気づけば3時。ああ、まただ
 
 

4/1 土曜日

朝、妻と共に息子の体調を確認した。
熱は微熱レベル。判断に迷ったが、入園式に出ることにした。
息子は四月から認可の保育園に入ることになった。しかも、かなり家から近い。今、保育園は生活が辛い人から順番に入れるシステムになっているようだ。しかも、【辛い】だけじゃダメで、その辛さを上手く評価してもらわないとダメだ。我が家も評価してもらうための【つらいポイント】(命名は俺)を貯めて、ようやくそれが自治体に認められて入れることになった。妻がうまくやってくれた。
 
その判断に迷ったせいもあって、遅刻しそうだったので、小走りで保育園へ向かった。保育園で妻の母と合流して、何とか間に合った。
入園式で在園生達がお祝いで披露したダンスは、圧巻のパフォーマンスだった。本人達の自由意志を感じさせるのに統制が取れていた。軍隊っぽさはあっても、楽しんでるのがわかった。そんなバランスが保たれているパフォーマンスは今まで見た記憶が無かった。
これが本物の保育園か。俺自身は幼稚園しか知らないので、初めて実感した。今まで息子が行っていたのは何だったのか。園児達はどう見ても野放しにされていた。あれで6歳まで行くのであれば、小学生になった時に差が出るのは当たり前だろうな。
息子はそんな保育園もどきで伸び伸びやっていたからか、この保育園にも慣れるのは早そうで、まだ入園式なのに、椅子を片付けるのを手伝ったり、おもちゃを探し回ったりした。『マイペース』。それは妻がよく形容される言葉だ。息子にもしっかり遺伝しているように見えた。
 
終わってから、妻の母と別れて一度家に戻ったが、息子は外に出たがった。仕方なくとりあえず外に昼食を食べに行った。
 
自然食品を使った定食屋で、俺はカレー大盛り、妻はオムライス大盛り、単品で春菊の白和えを注文し、息子とシェアしながら昼食。安定の美味しさだった。
店員にだいぶ顔を覚えられた。
 
それから、一駅移動して、複合商業施設で息子を遊ばせた。雨が降ると遊ばせる場所に困る。屋根がある場所で走り回らせて、4Fから1Fまで階段を降りたりした。疲れた。
それでも、息子はまだ元気で遊び足りないようだったので、しばらく散歩した。いつもは行列ができてるたい焼き屋が空いていて並ばずに買えりした。
いつの間にか息子は寝ていた。妻の提案で、息子の寝ている間に本屋で本を買ってカフェで読もうという話になった。
それで、本屋に寄って本や漫画を選んでカフェに入り、俺がトイレに行って帰って来たら、息子の目はバッチリ開いていた。崩れ落ちそうになった。
 
仕方なく、暴れる前にカフェを出て、電車に乗って、児童館に寄ってしばらく息子を遊ばせてから、家に帰った。
 
息子と遊びながら晩ご飯を待った。
晩ご飯はカツオのたたき、焼き魚、味噌汁、納豆ご飯などだった。
 
風呂に入れて寝かしつけたら、またも寝てしまっていて目が覚めたのは午前0時。
寝ぼけた頭で洗濯物を畳みながら『コードギアス R2』を1話分見た。うーん。行動にブレを感じるキャラクターがいるなあ。ブレる性格の人に見えないんだよなあ。
 
その後、意を決して皿を洗いながら『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』を聴いた。エアロビ映画特集、笑った。確かになんか映画で見たことある。
 
寝る間際、少しだけ、と思ってまた『七帝柔道記』を読んだ。練習風景の地獄っぷりが他の部活物語の比では無かった。映像化は難しそうだ。
寝たのは午前315分。
 

 

4/2 日曜日

朝、しっかりと寝坊した。息子も眠そうだった。妻が作ってくれたご飯を二人で食べながら、仕事に出る妻を見送った。
一日、二人でいることになる。
 
二人きりになって、着替えたり、洗濯したりしていると、息子はしきりに近くに寄って来て色々とちょっかいを出してくる。
遊びたいのだろう。わかる。それでも、やるべきことがあるのだ。洗濯はしておきたい。
ワイドナショー』を流し見した。
 
何とか息子の退屈を誤魔化しながら、洗濯を終えてベビーカーで外に出た。
昼食をどうしようか、というのが常につきまとう問題だった。
本当は作れれば良いのだが。俺の技術と忍耐力では、息子がいる中では作れまい。
 
とりあえず、電車で二駅ほど行き、気になっていたパン屋に寄った後に、ビュッフェをやっている店で昼食を摂った。
店に入ってから気づいたのだが、ビュッフェの場合、食事を取りに行く間、息子は一人で待つことになる。しまった。目を離す瞬間が多い。そこで、最初だけある程度一緒に回り、息子の好きな切り干し大根とひじきを取って与えてから、席を再度離れて食事を選んだ。遠くで見ると息子は俺の方を見てもいるが、他の人を不思議そうに見ていた。大丈夫だ。泣いたりしない。そんな調子で好きなように食べさせると、息子はスプーンもフォークも殆ど使わなかった。使えるはずなのに、めんどくさいと考えているようだった。
 
それから、気になっていた和菓子屋に行き、好きなコーヒー屋に寄り、調べて見つけていた公園へ寄った。
桜が少し咲いていて、花見客も数組いた。
その公園には身体をしっかりと固定するタイプのブランコがあって、息子は大いに楽しんでいるようだった。しばらくすると、息子が砂場に突進して、誰のものかわからない砂場用の玩具を手に取るので、無理矢理に砂場から引き剥がしたら怒った。
どうにかベビーカーに息子を乗せてその場を去った。
 
その後、一駅分歩いている間に息子は落ち着き始め、書店で漫画を買ってしばらくしたら寝た。電車で家の最寄り駅に戻り、時々行くカフェで寝ている息子の横で、買って来た漫画を読んだ。
『帰る場所』(近藤よう子)。いろんな人の心が動いてしまう様子を静かに描いていた。どれも切なかった。恋愛だけじゃなくて、愛にはいろんな愛があって、どんな愛もいろんな気持ちを含むのだとわかる。『豆腐』の重みは凄かった。経験があるわけじゃないのに、母から子への気持ちにはハッとさせられてしまった。普遍的な内容だ。
と静かに感動している横のテーブルでは、おじいさんが不動産会社らしき二人に家か土地の売却の商談を進めていた。なかなかおじいさんもやり手らしく、他社との相見積もりにしているようだ。落ち着いたカフェの雰囲気に全然合わない内容だったが、おじいさんは毎日このカフェに来ている常連らしかった。
おじいさんの商談の途中で息子の目が開いた。休憩終了。
 
荷物を一度家に置いてから、近所の公園に向かった。息子と小さなボールで遊んだ。
そのうち、柵に囲まれた砂場でゲートを開け閉めして遊び始めた息子は、そのゲートを家の中の落下防止用のゲートに見立てて【家ごっこ】を始めて、俺を感動させた。「たいぃ~」と連呼していたのは、「おかえり」の言い間違いのはずだ。
 
それから、クリーニング屋に寄ってから、駅で仕事帰りの妻と合流して、薬局に寄ってから家に帰った。
晩ご飯は生姜焼きだった。美味しかった。
 
お風呂に入って息子を寝かしつけてから、妻と『ゴッドタン』を見た。ハライチ澤部の代わりにラブレターズ塚本がマジ歌やってたのはやっぱり最高にバカげた映像だった。ロバート秋山フラッシュモブもノリの良さと馬鹿馬鹿しさが素晴らしい。
次に、『進撃の巨人Season21話を見た。やっぱり漫画より動くから面白い。しかし、アニメのこれまでの展開も、漫画で読んだはずの今後の展開もぼんやりとしか思い出せなくて驚いた。
テレビをリアルタイムで見たら『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』で、ダウンタウンがフリートークをしていた。少ししか見れなかったが、久しぶりに見れて嬉しかった。
 
その後、皿を洗うために「ラジオ聴くわ」と宣言したら妻に「えー」と言われた。「んー?じゃあ、洗ってる間退屈しないようにラジオやってくれよ」と言ったら、少しやってくれたんだけど面白い下手さだった。
その後、ラジオ遍歴や印象に残ったラジオネームの話を少しした。話しながら妻は保育園の準備に入った。持って行くものが、とにかくたくさんあった。
俺は本格的に洗い物を始めて、radikoを起動して、タイムフリーで満島ひかりの『光のメロディー』第1回を聴いた。never young beachはっぴいえんどBob Dylanについては知ってる曲だったのだけど、満島ひかりが選んだ曲のみ全く知らなかった。音楽詳しいのかな。それよりも、満島ひかりはやっぱり声がいい。ありがとうございます。
 
洗い物が終わって妻が息子の服を片づけるのを手伝ったりしたが、連日の睡眠不足の影響で、もう立っていられず、2:30には布団に入った。
 
 

4/3 月曜日

息子の保育園転園初日。
最初は【慣らし保育】という期間になり、短い時間から徐々に保育園にいる時間を延ばして行くことになる。
遅刻しそうになりながら保育園に向かう。今までは無かった細かい手順をこなして、息子を預けようとした瞬間、大泣きした。場所見知りも人見知りもしないなあ、と思っていたが、俺か妻が近くにいなくてはいけないらしい。
 
それから、妻と二人で駅に向かった。
妻は駅前のカフェで持ち帰った仕事をやるらしい。大変だ。
 
行きの電車で『七帝柔道記』を読んだ。こんなに、練習風景が苦しそうな小説があっただろうか。『柔道部物語』が軽いタッチに思える。春は雪解けの季節。もうすぐ苦難を乗り越えるようだ。
 
昼食は餅の入ったカレーうどん。しつこく『七帝柔道記』を読み続けた。沢田というキャラクターの今後が気になる。皆とのわだかまりは消えるのだろうか。
風邪の初期症状を感じていたので、葛根湯を買った。これで治す。
 
帰りの電車でも『七帝柔道記』。ずーっと読み続けている。こんなにずっと読んでいたい小説は久々だ。
 
一瞬雨が降ったようだ。
雷も凄かったらしい。家に着く頃には全く降っていなかった。息子はおままごとっぽいことをしていて、俺を見ても反応が薄かった。
 
息子を風呂に入れて、妻と一緒に寝かしつけた。息子と共に我々も寝てしまった。
俺が目を覚ましたのは22時半で、いつもよりマシに思えた。妻は起きると宣言しながら寝続けた。仕方ない。昨晩、遅くまで保育園準備していたし。
 
それで、とりあえず妻を待ちつつ、洗濯物を畳みながら録ってあった『ザ ノンフィクション』の【その後の中年純情物語】という回を見た。これは続編で前回かなり話題になっていたので気になっていた。
まず思ったのは、純粋な気持ちでアイドルを応援するだけなら、野球場で熱心に応援してるおじさん達とそんなに変わんないなあ、ということ。しかし、それが性欲の表出やそれに伴う幼稚な支配欲に見えると、結構怖かった。主人公的対象の【きよちゃん】にその怖さは感じなかったけど、彼の友人達からはちょっと感じてしまった。積極的に触ったりするのを見ると、なかなか。それにしても、地下アイドルとファンは共依存みたいになるんだなあ
保坂和志が何かを純粋に応援できるのはとても楽しいとか言ってたと思う。今、俺にはその対象が無い。何か探そうかな。
 
もういい時間だったので、もう一度妻を起こすのにトライしたら、何とか起きたので、妻が準備していた晩ご飯を食べた。
チキンのトマト煮、キャベツの味噌汁、ブロッコリー。美味しかった。
食べながら『やすらぎの郷』第1回を見た。思わず唸る豪華さ。倉本聰脚本、中島みゆきOP石坂浩二をはじめとする大御所俳優達。善福寺公園など、あんまりドラマでフューチャーされない地名がガッツリ出ていた。良い公園なんだが。石坂浩二倉本聰っぽい、風吹ジュンいつまでもかわいい、近藤正臣カッコ良すぎ。そういや、テレビ関係者って黒い革ジャン着てるイメージあるかも、と近藤正臣を見て思った(『ゴッドタン』の【私の落とし方発表会】での阿佐ヶ谷姉妹の回に出るカメラマンを連想した)。風吹ジュンを見ると、松田優作風吹ジュンとご飯食べながらセックスする強烈にわけの分からない濡れ場を思い出す。
映像とナレーションの流れが小説っぽかった。
 
それから、皿を洗いながらラジオクラウドで『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』の『パッセンジャー』映画評を聴いた。ネタバレしないように話すのが大変そうだった。何となく展開を想像したが、見てみないとわからない。答え合わせしたい。
皿が洗いきれず、radikoのタイムフリーで『前野健太のラジオ100年後』も聴いた。放送時間が変わったらしい。内容は変わっていないようだった。歌詞のソムリエでリスナーからのリクエストを扱うのは初めて聴いた。前野健太マナーに乗っ取った曲をリクエストしていた。
早く寝るつもりだったのに、午前2時半。
 
 

4/4 火曜日

息子を保育園に連れて行った。慣らし保育2日目。やはり預ける時に泣き叫んだ。
 
その後、乗換駅まで妻と電車で一緒に出勤。妻は眠そうだった。俺も眠かったが、逆に変に話しかけてしまった。
乗換駅で妻と別れてからは『七帝柔道記』。徐々に主人公に練習への余裕が出て来て、大学生の青春っぽい話も少し。恋愛要素は無し。
 
昼ごはんはスパイスたっぷりのカレー。初めて来た店。辛くないのを選んだのに、スパイスを感じられて美味しかった。ここはまた来る。
食後にコーヒーが出たので、引き続き『七帝柔道記』を読み続けた。竜澤が徐々に魅力的に見えてきて面白い。主人公と同じスピードで、周囲の人間の印象が変化できるようになっている。
 
帰りの電車ではあまり読めなかったが、駅から家に着くまでの間、歩きながら『七帝柔道記』を読んだ。没頭してしまう。
 
家に着くと、息子と妻は玄関にいた。
妻の母が家で息子を見ててくれたのを、迎えに行って来たところだった。
息子と一通り遊んだ後、身体がだるくてしばらく横になった。風邪なんだろうか。葛根湯を飲んで誤魔化していたが、それもだんだん難しくなってきた。
 
息子を風呂に入れて妻と一緒に寝かしつけた。息子が寝てから、何とか起き上がった。晩ご飯は妻が作ってくれたトマトパスタとオレンジピールの入ったブレッド二切れ。美味しかった。
 
料理を作ってもらっている間と、食べ終わってからは再開した『キングちゃん』第1回を見た。「ウソでしょ?」を言わせるためのドッキリ企画で、今まで『キングちゃん』でやってきた企画を生かすための自由度の高いフォーマットだった。芸人のアホ過ぎる行動の数々に爆笑。野性爆弾のくっきーはドッキリ関係なくおかしいし、又吉のボケにある闇は何なんだ。
その後、『やすらぎの郷』第2話。セリフ多い。このセリフ量で違和感無く見せる石坂浩二が凄い。テレビドラマの中でテレビドラマ業界を批評する自己言及性は面白かった。カメラワークに『相棒』っぽさを感じた。
最後に、『ぼくらの時代』の渡部篤郎大森南朋玉山鉄二の回。バラエティで語ってるの初めて見たけど、渡部篤郎の喋り方や雰囲気は、演技と平常時に差が無さそうに見えた。そして、何でもフラットな視点で新鮮に見られる人らしかった。面白かった。
 
その後、皿を洗いながら『オーディナリーミュージック』のキャンドル・ジュン選曲回を少し聴いて、なんか合わなかったのでやめて、『THE BEATLES 10』を聴いた。相変わらずの変な感じが面白かった。リスナーのビートルズ愛と善意で作られた番組。ラジオ日本って聞いたことないと思ってたら、前野健太の番組もラジオ日本だった。
それと、ぼんやりと気づいてたんだが、トーク主体の番組だと皿を洗うのに時間がかかる。それは誰かの論文を探すまでも無く、当たり前のことに思えた。
ゴミ出しの準備してから風呂を洗ったら、午前2時だった。


4/5 水曜日

保育園に行くまではヤル気満々の息子は、教室に着くと泣き叫んだ。叫びながらバイバイしてたのは進歩と言えるだろう。
 
妻は仕事が休みだったので、一人で駅に向かい、ひたすら『七帝柔道記』を読んだ。
読んでいる間ずっと気分が高揚している。
 
昼間、昼食がてら病院に寄った。
行きたかった病院が休診の時間で、仕方なく行くたびに「ヤブ医者では?」という疑問が募る病院に行った。いつも漢方を処方される。
昼食はハヤシライスセット。週刊マガジンを読んだ。『ベイビーステップ』が休載だった。読後の満足感が少し減った気がする。
 
帰りに床屋に寄った。いつもより少し長めに切って、次回の予約を早めに設定した。
帰りも『七帝柔道記』をひたすら読んだ。とんでもない展開に驚いた。普通の小説でこれはやるまい。この展開で、最後まで盛り上げられるのか?もうページ数もだいぶ少ない。努力は報われないのか
 
家に帰ると妻が息子を風呂に入れていた。
床屋に寄って遅くなったからだ。申し訳無い気持ちになった。
その後、妻と二人で途中まで息子を寝かしつけてから、風呂に入った。風呂に入る直前、妻が寝室から出てきた。
 
風呂を出ると、いるはずの妻がおらず、また寝室から出て来た。
息子の睡眠が浅く、起きてしまったらしい。その後も一度息子が起きたので、妻が寝かしつけた。息子はこういう時に俺の言うことを聞かない。
 
しばらくして、寝室で息子と一緒に寝てしまった妻を起こして、晩ご飯を食べた。
ポトフと切り干し大根が用意してあった。息子に合わせて薄味だったが、美味しかった。
 
それから、『やすらぎの郷』第3話を見た。主人公の偏屈ジジイっぷりが清々しい。こんな主人公はそう見ない。
 
その後、少しダラダラしてしまってから、『アルコ&ピースD.C.GARAGE』を聴きつつ皿を洗った。すぐコントに出たり入ったりするのが面白くて、番組設定を宝塚養成学校と自動車学校の間でウロウロさせてたのは、その最たるものだった。
 
番組が終わってもまだ皿が残っていたので、iTunesで音楽をシャッフルしてかけた。一曲目はKraftwerkの『The Man Machine』だった。久しぶりに聞いた。テクノが知りたくて入れたはず。クラフトワークジョジョのスタンド名で先に知った気がする。そういうバンドや音楽がいっぱいある。荒木先生にしてやられてる。
二曲目はNeil Youngの『Only Love Can Break Your Heart』だった。これはよく聞く。保坂和志が『未明の闘争』のテーマ曲っぽく挙げてた曲で、聴くとその本に描かれていた何かか、その時読んでた気持ちを思い出す。曲自体も静かに高揚してる感じが好きだ。また、この曲名を知って、ずっと見てたら曽我部恵一の『きみの愛だけが僕のハートをこわす』って曲名は、ここからの引用だと気づいた。
この曲の途中で皿は洗い終わった。最後まで聴いて次にかかる曲名だけ見たら、岡村靖幸の『はっきりもっと勇敢になって』だった。この曲名は漫画の『モテキ』のサブタイトルで知った気がする。超イイ曲名。いきなり盛り上がる曲で、これも好きだ。
 
寝る前に『七帝柔道記』を読もうか迷ってやめた。最近、毎晩迷ってやめてる。夜が明けるまで読みかねないからだ。

2016年に観た映画類の記録

12/29
ストレンジャー・シングス』(シーズン1)の4話を観た。進んでいるのに全然終わりにたどり着ける感じがせず、なおかつ面白いという奇跡のような状態を保っている。

12/23
ストレンジャー・シングス』(シーズン1)を観始めた。
とにかく先が気になるようにできている。キャラクターもそれぞれ際立っていて面白い。往年の浦沢直樹作品を読んでる感触に近いかもしれない。舞台となる80年代は名作揃いで、それらを直接の引用にしているのかはわからないが、それらの面白い要素をガンガン入れ込んでいて、今のところ作品になるようにバランスよくコントロールできている。影響や引用だと少しでも感じたものを挙げるなら、『AKIRA』『ツイン・ピークス』『E.T.』(スピルバーグっぽさ)『スタンド・バイ・ミー』『ビバリーヒルズ高校白書』などだろうか。現代では映像演出にもDJ的な素養が求められているのかもしれない。



12/24
ビル・マーレイ・クリスマス』を観た。
欧米人にとって、クリスマスという聖夜が特別なものである、ということがよくわかった。奇跡は起きるし、歌声は心に響く。ビル・マーレイの顔のもの哀しさは健在。



11/25
イップ・マン 序章』を観た。
カンフーにおける達人の決定版と言えるだろう。ドニー・イェンのまともに敵を見ないで全てを軽く受け流す、あの余裕が滲み出た所作が素晴らしい。物語自体はカンフーを世界の真ん中に置き過ぎてて、アホな世界観に思えた。戦争のせいで後半が全体的に暗いトーンになってしまうのに、やってることが前半を引きずっててなんか乗り切れなかった。しかし、無敵系のスターはつまらないといつも思うが、アクションに創意とスピード感があって、スティーブン・セガールなんかより断然面白かった。



11/5
スティーブ・ジョブズ』(ダニー・ボイル版)を観た。
音楽が多い、という先入観を持って観てしまったからか、音楽で興奮を煽る演出が気になった。特にラストシーンは映像の内容以上に感動を無理矢理煽っているように見えて、かなり醒めた。台詞の応酬の部分はソーシャル・ネットワークほどわかりやすくはないんだけど、観客にはわからない部分があるという点をコントロールしてるのがわかって、とても良かった。



10/27
ボラット 栄光なる国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』を観た。
楽しむべきは一般人への過激なドッキリ部分で、飽きずに魅せるために上映時間を短くしているし、パターンも多くしてるとは思うが、さすがに連続で見ると少し飽きた。単発で各パートを見れば、それは断然笑える。初見の人にわかるために作ったストーリー部分を見て、ストーリーに期待をしてしまった分は損した気分にはなった。



10/22
『ガンツ:オー』を観た。
映像としてはFFなどのゲームムービーの延長線上にある印象だった。しかし、わかりやすくそれらより優れていたのはスピード感を増大させる演出の巧さと、美男美女ではない登場人物の表情の豊かさだった(美男美女の表情が乏しく感じるのは現実に即しているのかもしれないが)。漫画が描いていた無機質に動くメカのギミックが超忠実に表現できている点は素晴らしかった。走ってる乗り物から思い切りスターウォーズの音がしたのは少し驚いた。



7/16
バッド・ルーテナント』を観た。
やっぱりニコラス・ケイジの顔は最高。今回はあの情けない顔のままイッちゃってるのが素晴らしい。それぞれが自分の利益をただ追求していくと、やはり善悪は関係無くなっていく。それは簡単に悪徳を肯定するわけでも無い。いろんな思惑が絡み合った結果、不思議な展開で主人公に都合良く事態は進むが、主人公を理解する人はどんどんいなくなっていく。思わず笑ってしまってから虚しくなるような、孤独の話だった。



7/2
インサイド・ヘッド』を観た。
感情は喜怒怖苛悲の五つで構成できるだろうか?足りない感情を考えてみるが、微妙なものを除けば確かにこれで事足りそうだ。脚本がよく練られている(当たり前だけど)。複雑な心(脳)の面白さを極端にわかりやすく描きつつ、一人の少女の成長物語にするという荒技に成功していた。この感情を作り分けるというアイディアも優秀だが、記憶の扱い方が特に巧かった。記憶が人格を形成するというのがわかりやすいし、あの触りたくなるインターフェースが見てて面白い。



6/28
アベンジャーズ』を観た。
興奮するためだけに脳を使える映画。アクションシーンは創意に富んでいて面白い。ヒーローはアクションでコミュニケーションを取る。それぞれのキャラクターの背景は想像で補ったが、補う必要も無さそうだった。このクロスオーバー企画は「他の作品を見ればもう少しわかるようになるかな」と思わせるのが上手いが、おそらく他に一作くらい見ても全ては補えないので相当な量見をなくてはいけなくなる。それはしんどい。



6/25
『サンドラの週末』を観た。
真っ先に、「作りたかった映画」だと思えた。脚本が素晴らしくて、「ボーナスを諦めて自分を復職させてくれと複数の同僚を説得するサンドラの週末」というプロットを知った時に、その説得にそんなにバリエーションにあるかな?と勝手に心配になったが、そんな必要は全く無いほどいろんなことが起きるし、逆に反復のもたらす力も感じた。即座に断られると、それ以上言葉を出せないのがリアルで、嫌な沈黙と微妙な表情までしっかり捉えている。電話の内容が聞こえなかったり、サンドラと他の人との関係がわからなかったりして、サンドラを傍観するような視点に観客を置く演出も面白かった。観客は観ることしか出来ない。サンドラの緊迫した呼吸と、厳しい表情で歩く姿は、生きる意志に漲っている。



6/24
おとなのけんか』を観た。
超緻密に作り込んだ脚本と、俳優達の巧みな演技の勝利。人物造形もそれを生かした展開もやたらと上手い。舞台っぽい内容だが、映像ならではの魅せる映像にもしている。他の家との関係にも、夫婦の間にも、男女間にも、溝はある。それを80分で露わにしていく。



6/18
『ザ・ゲスト』を観た。
『ドライブ』に似ているような印象を時々感じたが、総じて見れば全くの別物だった。痛さとプロフェッショナルさを兼ね備えたアクションシーン、強い人物の寡黙さ、ネオンっぽい夜のシーンなどが似てると思った要素なのだろう。アクションは『アウトロー』や『ボーン・アイデンティティ』などにも似ていた。あの外部から来た人が子どもを導く話は、引用のような気もしたが引用元は具体的にはわからなかった。そのガイドとなるデイビッドが善にも悪にもなりつつ、善悪を超えていく。その結果、映画のジャンルを横断して、共感も理解も度外視したフレディやジェイソンのようなキャラクターになる感じが面白かった。



6/11
『ワン・プラス・ワン』を観た。
やっぱり途中寝た。時代背景と制作背景がわかっていないと楽しめない作品なんじゃないか。ストーンズが『悪魔を憐れむ歌』を作る過程と黒人が革命を叫ぶ映像を混ぜ込む編集は、何を意図しているのか。ロックンロールも含めて黒人が搾取されたという事実を強調しているのだろうか?二つを配置して意味が生まれること自体が目的かもしれない。それと独裁者(?)に関する卑猥な文章は何を意味しているのだろうか?映像そのものより、どこかで読むであろう解説の方が楽しみだ。ストーンズを少し俯瞰した視点から捉え続けた映像と、廃車だらけの場所での黒人の革命を横にドリーしながら撮っている映像には、映像そのものの面白さも感じた。ラストの鮮烈で爽快なクレーンの映像はただただカッコよかった。



6/10
デッドプール』を観た。
この映画がヒーロー映画に持ち込んだ新しさは、創意に富んだ笑えるアクションと、パロディを含まないシニカルで自己批評的なジョークと言えるのだろう。特に後者は漫画やコメディ映画にあった手法だが、ヒーロー映画に入れ込んだバランス感覚が良い。そして、ギリギリでパロディにしないところで上品さを保っていると言える。映画において神として存在する監督のような視点に立つことで、映画の内外で主役となるデッドプールの痛快さが一番の魅力。



5/18
俺たちニュースキャスター』を観た。
終始笑っていられた。オープニングから最高なんだけど、途中のラブシーンの馬鹿さ加減には度肝を抜かれた。新しいスーツを買う行為への喜びっぷりや、無駄な戦闘シーンとか、すげー馬鹿馬鹿しさ。しかし、よーく見ると知性が溢れていると感じた。実はバカがよくやる脈絡の無さが無くて、常識を前提としたズラし方が上手い。それにしても、何だ、あの四人の顔は!笑うに決まってんじゃん!



5/9
『複製された男』を観た。
鳴り続ける重低音の音楽、不可解な繰り返しの映像、細かすぎる動作を長く追う映像。それらが不穏さを煽る。観ている間の「この映像は何だ?」より、観た後の「あの映像は何だったんだ…?」が強い。残り続ける。作品の内容をちゃんと理解できていないという不安も残り続けている。観た後にネット上で一つの解答を見つけたが、それを読んだ瞬間に答えがわかっていたような気分になったのは不思議な体験だった。確かその答えに辿り着いてはいなかったはずなのに、自分で辿り着いていたような気がした。全編通して半信半疑で観た結果だと捉えている。



3/19
『ヤクザと憲法』を観た。
現代のヤクザの生活という見たことないものが見られたという実感はある。小さなヤクザ、ヤクザ見習い、年を取っている舎弟のヤクザ、ヤクザの顧問弁護士。彼らには強烈な実在感がある。組長の画の格好良さは若干虚構性を纏っている。しかし、冗長なカメラワークや挿入されるイメージカットが退屈で、冒頭は少し寝てしまった。意図はわかるけど、作為的になり過ぎる。固定カメラの多用も同様の理由で違和感があった。タイトルはキャッチーさを狙ったのだろうが、大袈裟過ぎて釣り合わない内容だった。あるいは、無理矢理にタイトルになる主題を見つけ出したように見えた。



3/5
『ビフォア・サンライズ 恋人たちの距離(ディスタンス)』を観た。
非常にシンプルな恋愛映画。主役の二人のやり取りの『自然さ』が凄い。彼らが恋に落ちる状態を無理なく設定するための脚本もめちゃくちゃ練られている。一晩の出来事を時系列に沿って素直に描いているが、二人の過去も未来も気になる魅力に溢れていた。



2/28
『NINIFUNI』を観た。
アート系映画(あるいは、フランス映画)特有のワンカットが長過ぎる退屈な映像が続く。監督が明言してる通り、『死体の背景で踊るアイドル』が見せ場で、そこが全てだった。盛り上げられるパートはいくつかあるが、周到に意識的に盛り上がるのを避けて、超低温の映画にしていた。その狙いに対して、宮崎将のキャスティングがとても的確で、とにかく何かを思いつめてそうで、とにかく何かを起こしそうな緊張感を醸し出してるのが良かった。



2/16
『ウイークエンド』を観た。
徹頭徹尾、悪夢。ナンセンスというヤツか。観客に不安を与えつつ、疲れさせる。そして、眠くなる。それにしても、こんなに政治的・社会的主張の強い作品だとは思わなかった。また、万遍なく映画で実験している。矢鱈と長い1カット、編集ミスのようなリピート、何かのエラーのように乱れる映像。誰が何を喋っていたのかは覚えていないけど、鮮烈な映像の断片はずっと脳裏に残っている。



1/16
イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』を観た。
主人公はシャーロック・ホームズを演じたカンバーバッチのためにあるような役だった。発達障害抱えてそうな天才の変人が似合い過ぎる。性的嗜好がここまで物語に食い込んで来るとは思ってなかったので、意外だった。性別・性的嗜好を超えた情愛から感じた純粋さには驚く。タイトルは、解読済み暗号を密かに利用する方法と、性的嗜好の偽装を暗示するダブルミーニングだったのでは?それにしても、蛇足感たっぷりの邦題には辟易させられる。



1/2
『DENKI GROOVE THE MOVIE? ー石野卓球ピエール瀧』を観た。
僕が思っていた電気グルーヴのカッコよさへの理解が、更に深まる仕組みになっていた。映像見てて知ってる話が出てきて、想像以上に自分が電気グルーヴ関連のものを読んでることに気づいた。本人達も言ってたけど、本人達がインタビューに答えないのが上手い戦略だった。結成前夜から現在まで振り返りつつ現在の映像も見ていく構成なのだけど、楽曲が出来た経緯や評価について客観的な意見を聞きながら映像を見ていくと、本人達のライブ映像は言うまでもなく、狂人のようにふざけまくっている映像でも、感動らしきものを積み重ねられる。卓球と瀧の唯一無二の異形の友情もしっかり映像で残っているのが素晴らしい。見てしばらくは、何でもないものまで可笑しく見えたくらい、思考の変容を起こす映画だった。電気グルーヴは狂いまくっててカッコ良すぎた。

2016年に読んだ本の記録

12/29

『地鳴き、小鳥みたいな』(保坂和志)に書かれていることを思い出す。周到に読者の誤解を避けようとしている。読む行為には必ず誤解が生じるというのは大前提だ。そして、一言で伝わることなら小説を書く必要も無い。
 
12/22
『地鳴き、小鳥みたいな』(保坂和志)に書かれている思考の跳躍・飛躍は、酔っ払いのようだ。DOMMUNEに出た保坂和志の映像を見た人の感想に「保坂和志がただの酔っ払いみたいだ」と言っていたのがしっくりきたからそう思った。『記憶』と『記憶を語ること』の間に生じるズレにはいろんな原因があって、彼はそのズレを創作の中で試行錯誤しながら楽しんでいる。
 
12/15
『地鳴き、小鳥みたいな』(保坂和志)を読み始めた。
読点の使い方が日本語のネクストステージ、あるいは、別世界に向かっている。『夏、訃報、純愛』は『未明の闘争』の時よりも思考の変遷を追体験するような小説になっていた。遠藤と近藤は実在したのだろうか?こんな用意されたような名字の2人が近くに存在し得るのか?



12/13〜12/14
『ババァ、ノックしろよ!』(TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」編)、読了。
全てラジオで聴いた内容だったが、文字でまとめて読むと、フリとオチが素早くわかるような感覚があって、また違った味わいで面白い。いろんな親子がいて、どの親子の関係も他人からは何とも言い難い微妙さがあるが、ちゃんと必ず普遍性の土台があるから、読み物になっている。



11/1〜12/12
『砂の本』(作:ホルヘ・ルイス・ボルヘス/訳:篠田一士)、読了。
全てが始まる前から決定しているという超常状態を感じられる。それは神の視点で、語られているのは神話のような手触り。話はいつもなぜか不思議な居心地のする方向へ進んでいく。これぞラテン文学か。『他者』や『砂の本』が好きだったけど、一番面白かったのは登場人物がおかしい上に、最終的にわけのわからない話になる『会議』。断片が脳の片隅に居座り続けていて、またどれかを読み返したくなると思う。
 
11/1
『砂の本』(作:ホルヘ・ルイス・ボルヘス/訳:篠田一士)を読み始めた。
いつもどこまで読み進めていたのかわからなくなる。つまり、覚えていられない。しかし、読んでいる間は確かに沸々と興奮を覚える。それが不思議だ。




10/18〜11/1
服従』(作:ミシェル・ウェルベック/訳:大塚桃)を、読了。
世界情勢や宗教観に疎いので、この小説が精緻なシミュレーション小説だというのはわかっても理解できない部分が多かった。解説が引く補助線を読んでようやく腑に落ちた。今のヨーロッパが抱える空気を近未来(限りなく現在に近い)から照射してくっきりと描いていた、ようだ。欧米中心の社会も文化も終局を迎えるのだろうか。イスラム教への関心は深まった。活気と生活力に欠ける厭世的なインテリとして描かれる、旧世代的な主人公。彼がなす術も無く転向していくのは、時代の流れを予言的に象徴しているのかもしれない。どの時代に読んでも『2015年のフランス』を知れる古典に既になっている。



10/11〜10/17
『ドリーマーズ』(柴崎友香)を久々に読了。
本棚にあるのになぜか未読の本だと焦って読んだら、一つ目の短編を読み始めてすぐに読んだことがあると気づいた。その気づくまでの読書体験はとても不思議な感触があって、読んでいる内容と朧げな記憶のそれぞれが不安混じりの期待のような感情を喚起するので、そわそわした。それはある種の夢で起きる感情に少し似ていた。どの短編もとても印象的で、人間が世界に接する時に感じる細やかな感情が、行為や状況の描写だけで豊かに感じられる。それが柴崎友香を読む醍醐味だと改めて感じた。解説を読むと更にわかるのだが、わからない部分が多々ありながら事態が進行するという夢と現実のあり方を、見事に本の中に閉じ込めている。『ハイポジション』のシチュエーションや、『夢見がち』での駅で待つ描写や風景と会話が作る雰囲気や、『束の間』の年末年始の静かな高揚感や、『寝ても覚めても』のSATCっぽさや、『ドリーマーズ』の意識が揺れる楽しさが、好きだ。




10/6〜10/7
くるりのこと』(くるり+宇野維正)、読了。
どうやら、くるりを聴くようになって10年が経っていた。このバンドが何度もメンバーを変えてきた経緯や理由と、アルバムによって大きくテイストが変わるのは密接に繋がっている。二つの事象の因果関係はくるくると逆転するが、その時に何が起こっていたのか、という話は作品と合わせて読むと読み応えがある。くるりがどんなに変わっても、どんな状態でも音楽に立ち向かう(立ち向かわねばならない)岸田氏と、それを楽しみながら共闘する(狂気じみた)佐藤氏だけは変わらないし、これからも変わって欲しくない。



9/29〜10/5
『なぜ人を殺してはいけないのか?』(永井均×小泉義之)、読了。
俺は安易な答えを求めていたのだろうか。考えるための端緒となる内容だったと思う。永井氏の話す内容は哲学者らしいのかもしれないが、どうにも現実味の薄い話が多いように感じた。ロジックを使って言葉を定義しながら、この問いに立ち向かっていて、古びない射程を持った話をしていた。逆に、永井氏も指摘しているように、小泉氏は現在の現実に即し過ぎていると感じた。普遍性を目指しておらず、俗物性すら感じたが、実践的なので納得する部分もあった。というように一長一短なので、自分で考えるべきなのだろう。



9/5〜9/28
『文学会議』(作:セサル・アイラ/訳:柳原孝敦)、読了。
表題作では語り手がまわりくどくてしつこくておしゃべりだった。光が強いから影も強い。そんな世界の描写が何度も現れる。そして、唐突に現実からの脱出が始まり、戸惑う。それは物語からの脱線でもあり、読者のアテは外れ続けて安心できない。もう一作の『試練』は傑作だった。前半は、主人公を通して、世界の感じ方がじわじわと変容していく様子がスリリングに描かれていた。主人公とそれを取り巻く2人の女性の対話が抜群に良くて、『対話』の与える影響と本質的な面白さがよくわかるやり取りだった。後半では、爆発的に世界が変容する。もう別の作品みたいだった。前半にその萌芽はあったはずだが、あそこまで行くとは思わなかった。どちらの作品も、いきなり変わる世界に戸惑いと興奮を覚えた。



8/29〜9/4
『鬼才 五社英雄の生涯』(春日太一)、読了。
なぜこんな強烈な監督を知らず、なぜこんな面白そうな映画達を見たことが無いのだ、俺は。タイトルが五社作品『鬼龍院花子の生涯』を引用していることも象徴しているように、本気で映画のような人生を送っている人だった。とにかく情念の激しさに圧倒される。関係者達も面白くてカッコイイ振る舞いをする。五社英雄は人生にもフィクションを注ぎ込み、現実離れして、映画そのものになろうとしていた。虚実入り乱れる人生を丹念に調べ上げた上で、荒唐無稽になり過ぎないように調整しつつ描き切った筆者の力量も素晴らしい。この仕事は五社英雄の評価見直しの端緒になるのではないか。



8/25〜8/26
『殺人出産』(村田沙耶香)、読了。
真面目で実直な思考実験の末に、筒井康隆的ナンセンスSFのような作品に到達しているのが面白い。その度を過ぎた真面目さや真摯な態度が、裏返ってユーモアも生んでいる。筆者は世間で皆が思考停止して受け入れている概念に、真っ直ぐにナイフのような疑問符を突き立てていく。表題作が特に凄くて、ルール説明のように世界観を読み進めていくと『殺人』『殺意』『死刑』『少子化』『セックス』とどんどん問題提起のようなテーマが挙がってきて、これちゃんと終われるのかよ、と心配になったが、それはいらぬ心配でやたらと綺麗に終わる。一貫してセックスという行為に対する強い疑問を感じる。これは『しろいろの街の、その骨の体温の』でも感じた。もっと詳細な描写が欲しいところで、急に文学的な表現だけで終わってしまうところには、少し疑問を覚えた。



8/21
『本を読むときに何が起きているのか ことばとビジュアルの間、目と頭の間』(作:ピーター・メーデルサンド/訳:細谷由依子)を読み始めた。



8/15〜24
『マンガ熱 マンガ家の現場ではなにが起こっているのか』(斎藤宣彦)、読了。
ユリイカなどで読んだことのあるインタビューは結構あった。マンガ家達の個人史、マンガの描き方、マンガ観などがよくわかる対談集だった。やはり表現者は何かから影響を受けている。表現のバトンをもらい、渡す。田中相というマンガ家を知れたのは大きな収穫だった。



7/26〜8/15
『21世紀を生きのびるためのドキュメンタリー映画カタログ』、読了。
やはり我々は3.11の扱い方と戦っているな、戦わねばならいのだな、と多くの作品から感じた。また、ドキュメンタリーというのはとても実験的で、どの作品もそのドキュメンタリーという構造自体に懐疑的な視点があるようだ。観たい作品は増えたので、カタログとしては優秀だった。



7/15〜7/26
『道徳の時間/園児の血』(前田司郎)、読了。
この二作品は全く違うアプローチだが、共通して【社会】の原始的な部分の描写に挑んでいる。社会は他者から見られる意識から発展していくようだ。『道徳の時間』は寓話として大人の世界に引き込んで教訓的に読むこともできそうだが、そのままの意味で読むべきだろう。例えば、浣腸をレイプのメタファーとして捉えたりしてはいけない。大人と子どもの違いは経験値だけみたいだ。『園児の血』の主人公の意識は、大人と子供を混ぜ込んでいてまだらだ。子どもは絶対にそんなこと言わない、という台詞も多々あるが、一たびそれを許せば喜劇として楽しく読める。小説は懐が深い。



7/9〜7/14
『もっと自由に家をつくろう』(増井真也)、読了。
とても丁寧に真摯に明快に、家づくりの真髄を説明してくれる。作った家に暮らしている人の後日談が載っているのがまた良い。家のデザインは生活のデザインだと改めてわかる。セルフビルドの実践的な説明も面白かった。家を作るための意味・目的・方法を考えるための機会を与えてくれる。これなら、家も楽しく作れそうじゃん。



7/8〜7/15
『IP/NN 阿部和重傑作集』(阿部和重)、読了。
どちらの作品も、自分勝手で強烈な妄想と思い込みが小説を展開させていった末に、破滅を迎える。解説でも挙げている『孤独』が一番の戦犯であろう。『IP』は途中で『ボーン・アイデンティティー』や『ファイト・クラブ』を彷彿とさせる展開をみせるが、文学的としか言えない意識の混濁に向かっていくその流れが、滅茶苦茶に刺激的で面白い。『NN』はとても綿密な取材に基づく緻密な思考実験となっている。主人公の思考は極端ではあるが、一つ一つの感情は決して特異なものには思えない。突飛過ぎない思考がもたらした結果に、身近な不安を覚える。



6/14〜7/7
『17歳のための世界と日本の見方』(松岡正剛)、読了。
ああ、17歳の頃に出会いたかった…。あまりにも無知で、無謀で、無防備に勉強に臨んでいたのだと思い知った。この本で世界と日本の見方の背骨を作ってから勉強したかった。物事を単純化することは簡単かもしれないけど、これを読んで複雑なものにそのまま取り組む姿勢を忘れないようにしたい。



6/2〜6/14
『ヒップホップ・ドリーム』(漢 a.k.a GAMI)、読了。
存命の人の自伝を読んだのは『五体不満足』以来かも。半信半疑で楽しむエンターテイメント。沢山のストリートのリアルな話。嘘でも本当でもいい。なぜなら、とにかく漢さんがワルくて強くてカッコいいから。意外な細かさやギャグセンスも愛嬌たっぷり。
一方で、普段自分が小説を読む時にどんな構え方をしているのか、も逆説的に気になった。騙されたい、とか登場人物に感情移入したい、とかではないようだ。



5/28〜6/2
『生きる歓び』(保坂和志)を久々に読了。
生きることの歓びを力強く讃えて肯定する力に深く感動する。いつでもどこでも何度読んでもきっと感動する。



3/30
『アフリカの印象』(作:レーモン・ルーセル/訳:)を読み始めた。奇想天外奇天烈。



3/11
『トムは真夜中の庭で』(作:フィリパ・ピアス/訳:高杉一郎)を読み始めた。



2/16〜3/30
ゴダール原論 映画・世界・ソニマージュ』(佐々木敦)、読了。
やはりゴダールは映画本編よりそれを語る作品の方が面白いのではないか?少なくとも、ゴダールの映画から、ここで著者が述べていたような面白さを発見できたことがない。それは単純に映画を見る素養不足が原因だけど、この本を読めばどう観れば面白いのか少しわかる。それにしても、一つの映画を延々と解説し続ける本というのは、他にもあるのだろうか?



2/4〜2/12
『アルタッドに捧ぐ』(金子薫)、読了。
作家と作品を小説内に持ち込むと、入れ子構造や強いメタフィクション性を持ってしまうものだが、この作品はそういった単純な図式に陥ってなくて、そこが一番奇妙な感触のある面白い部分だった。作者も主人公も『書く』行為を見つめ続け、意味や難しさを問う。主人公はわかりやすい男女の関係にも陥らない。既存の小説にありがちな構造や展開をほのめかしながら、スルスルとマジックシュルレアリスム小説のような様相を保ち続ける。確かに、保坂和志の言うように、こんな小説は読んだことが無い。



2015/12/21〜2016/2/1
『完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯』(作:フランク・ブレイディー/訳:佐藤耕士)、読了。
天才の逸話はなぜこんなに面白いのか。強い思い込みや強いこだわりを周囲に押し通す意志の強さとチェスの強さ。チェスの天才ボビー・フィッシャーという人物の良い面も悪い面もフェアに描いて、彼の真実だけに迫ろうとしていた。究極のところ、彼の魅力は『天才的なチェスの強さ』に尽きる。だから、いろんな人に沢山の迷惑をかけても、誰かが見捨てなかった。その点を除けば、あまり近くにいて欲しくない人に思える。



1/17
神聖喜劇』を読んでいる。
面白い。論理・屁理屈・口喧嘩で、戦時中の軍隊にある縦社会の理不尽と戦えるのか?この下級兵の無謀な挑戦は、結末を見届けねばなるまい。
 
1/5
神聖喜劇 第一巻』(大西巨人)を読み始めた。



2015/10/29〜2016/1/4
赤毛のアン』(作:モンゴメリ/訳:村岡花子)、読了。
喪失の悲しさに激しく動揺した。これまでの経験でもあり、これからの経験でもあるという圧倒的な普遍性に狼狽えた。

11/18
赤毛のアン』を読んでいる。
アンはおしゃべりで五月蝿くて、自意識過剰で、わがままだ。アンがリンド小母さんに暴言の謝罪に行くうちにすっかり悲劇のヒロインになる場面や、マシュウがアンに膨らんだ袖の服を買うために苦手な女性と話す場面は笑えた。笑えて印象に残る場面が散りばめられている。多くを事後に語るスタイルも面白い。
 


 

私行試行日記(3/23〜3/29)

323 木曜日

前の晩に食べ損ねたごはんを朝ごはんとして食べた。ナスとそぼろの煮物、唐揚げ、菜の花の味噌汁、ごはん。
 
息子を保育園に送った。両手に持っていたミニカーは回収した。
行きの電車は途中まで満員電車。乗り換え駅から『ヒットの崩壊』を読み進めた。オリコンって、オリジナルコンフィデンスの略なのか!全然音楽関係無い名前なんだな。ビデオリサーチとか似てるな。面白いビジネスモデルなんだなあ。
 
昼食は野菜の入ったボンゴレビアンコ。
GIANT KILLING』(ツジトモ/綱本将也43巻を読んだ。いつの間にこんなに巻数重ねたんだ、といつも思う。持田のキャラの強さが十分にわかる巻だったが、やはり椿が活躍しないと面白くない気がする。
 
女子大生7人組が連れ立って歩いてて、そのうち3人がそっくりなキャメルコート着てた。流行ってるのか、それとも仲良しアピールなのか。カブっていることで盛り上がったりしたのだろうか。
 
帰りの電車では、まず、『ディザインズ』(五十嵐大介2巻を読んだ。ああ、これ1巻出たの前過ぎて色々忘れてるな。戦闘シーンはちょっと微妙なとことあるけど、ここぞというところの美し過ぎる絵は健在。オクダの容姿の謎の迫力がいい。
最後に、『ヒストリエ』(岩明均10巻を読んだ。待たされたなあ。何回延期したんだっけ。アレクサンドロスのカリスマ性や異端さを表現するための巻だった。いやー、面白い。何度も読み返した。
 
晩ご飯は焼きそば、菜の花のサラダ、そぼろと茄子の煮物、手羽先だった。息子は焼きそばを殆ど食べなくて妻をがっかりさせた。茄子の煮物はたくさん食べていたが、茄子にはあんまり栄養が無いのでは?と話した。
息子は味の濃いものに弱い。
 
その後、息子を風呂に入れて二人で寝かしつけた。寝かしつけている間に寝てしまっていて、息子が寝室から出て行く夢を見てなぜか大きな声を出してしまったが、出て行ったのは奥さんで、驚いていた。
 
録ってあった『フリースタイルダンジョン』を見た。あ~、般若戦こういう結果になったか。やたらと熱いぶつかり合いだった。
次に二階堂ふみが演じるがんこちゃんの番組を2回分見た。二階堂ふみの怪獣感かわいい。
 
皿を洗いながらradikoのタイムフリーで『前野健太のラジオ100年後』を聴いた。遠距離恋愛の話、なんか笑えてしまった。どの話もどの言葉も若干の切ない可笑しさを含んでるんだよなあ。それがAマイナーなんだろか。
次に、『アルコ&ピースD.C.GARAGE』。二人は仲が良い、と妻に指摘されて、そう言われればそうかも、と思った。それもあって、ボケとツッコミがクルクル入れ替わったり、ツッコまない時間が長かったりできるのかも。それは放課後の部室みたいな感じ。
その後、洗濯機の糸くずが溜まるフィルターを変えた。これ意外と時間かかる。そして、風呂を洗って寝た。3時。
 
 

3/24 金曜日

寝るのは遅かったが、意外と寝覚めは良かった。朝ごはんにしらすご飯が出た。息子と美味しくいただいた。
息子を保育園へ送ってから駅へ。
 
行きの電車はまた途中まで満員で、乗換駅からは座れた。
そこから『ヒットの崩壊』を読み進めた。ビルボードのチャートが日本にもあるような気がしてたのは、気のせいじゃなかったのか!複合的な指数でのランキングは、なかなか柔軟性がありそうだ。そして、カラオケのランキングから【ヒット】を判断するのはなかなか難しそう。好きだけど歌いたいわけじゃない曲はランキングから漏れるしな。
 
昼食は唐揚げ定食。大根おろしもついていた。『ヒットの崩壊』を数ページ読み進めた。
 
帰りの電車でも『ヒットの崩壊』を読み進めた。音楽番組の話に入った。
 
晩ご飯はタンドリー風チキンとキャベツの千切り、ブロッコリーミニトマトのサラダ、ご飯だった。
妻が息子を風呂に入れて寝かしつけてから、風呂に入った。妻は一緒に寝てしまったようだった。
 
皿を洗いながら、radikoでリアルタイムで『セッション22』を聴き始めた。本腰入れて聴いてなかったので、内容はあまり覚えていない。
続けて、『菊地成孔の粋な夜電波』。ふるやゆうみという女性アナウンサーが共演だった。菊地成孔が多少場を掻き回そうとしても、異様に安定感のある返しをしていた。アナウンサーっぽい発声だが、聴いてて気持ちの良い声だな、と思った。しゃくれてるとか言うからどんな顔なのか気になったが、調べるのはやめておいた。
 
その後、ゴミ出しの準備をして、風呂を洗ってから、息子のオムツに名前のスタンプを押しつつ、『コードギアス』を見始めた。1シーズンのラスト2話。1話見終わった後には、洗濯物をたたみはじめた。
怒涛のようにいろんな要素が絡み合って滅茶苦茶な展開になってきて、これうまく終われねえだろ、と思ったらやっぱり微妙な感じになってた。で、そのままの勢いで第2シーズン『R2』に入った。1話だけ見た。あー、話に無理があり過ぎるけど、一応見るかな。前に見たはずなのに、うっすらとしか覚えてない。
午前3時に寝た。
 
 

3/25 土曜日

息子は朝からやたらと甘えていた。体調でも悪いのかなと少し心配になった。
洗濯した服を干して、朝食の皿を洗って、掃除機を少しかけて、息子を保育園に送ってから、整骨院に行った。またも腰の左側がおかしい。
 
昼食は近所の中華料理屋でかきの入ったラーメンを食べた。斬新な味がした。隣で夜の店を経営してるっぽいおばさん二人が「ヤクザを店に入れるか否か」という話をしていた。途中、「結局、仕事は人間関係!」という発言も聞こえた。
次はレタスチャーハンを食べたい。
 
その後、ドトールで苺とマスカルポーネのミルクレープを食べつつカプチーノを飲んだ。
その後、思いついて書店に行って、文庫版になった『七帝柔道記』(増田俊也)を買った。これは前から文庫になったら買うと決めてたから。
 
それから、赤羽駅に向かった。
大学時代のサークルの先輩と飲むためだった。
その先輩を俺は【不毛先輩】と呼んでいる。
不毛先輩は不毛なこと(あるいは、俺にはそう思えること)が大好きで、社会人になってから貴重度が増した俺の休日を、躍起になって不毛にする。どう不毛なのかは説明するのもめんどくさいが、主に長時間飲み続けることに原因の多くがある。あまりに長く飲むので、これまでにも土日丸々潰れることが多々あった。
今回、赤羽で飲むプランを提案したのは俺だ。『ドキュメント72時間』などで見かけたのに殆ど行ったことが無くて行きたかったのと、不毛先輩発案の不毛なプランを阻止したいと考えたからだった。
今回、企画時から不毛先輩は自分の家周辺の散策を提案し続けていた。
前回、その散策で「皇室の血を継いでいる」と主張する田代さんというおじさんに会ったのが面白かったのでそんな提案をしたいた。田代さんは、皇室云々の話の後に「田代まさしは分家」という発言もしていた。
田代さんの発言の真偽は知らないし、どうでもいい、と俺も不毛先輩も思っている。
不毛先輩は、その田代さん、もしくはそれに準ずる面白い人と出会いたいらしかった。しかし、そのプランは無駄に時間を浪費するだけに見えるし、飲んでるだけの方がマシに思えたので私は代替案を出したのだった。
赤羽で待ち合わせて焼きとんの店を二軒飲み歩いた。行きたかった店も有名店も行列が出来ていたので入らなかった。いつも飲みながら話す内容は下らない内容が多いが、時に人生やら仕事やらについて問われるので、普段考えないことを考えることになったり、話しているうちに自分が考えていたことがわかったりする。今回もそういう面はあった。その点は不毛では無いのかもしれない。
不毛先輩の仕事の話を聞いて、自分と関係無いところでも仕事はそこら中で炎上してるんだなあ、とは思った。
その後、しきりに誘われて不毛先輩の家周辺に電車で移動して、散策した。アルコールも入れず、ただ歩いた。寒いだけだった。不毛先輩はドラクエのように田代さん的なモンスターとの遭遇を期待し続けていた。
ラブホテルが多い地域を二人で歩きながら、カップルがホテルに吸い込まれていくのを見た。その気恥ずかしさを堪能してから別れた。
家に帰ったら午後10時だった。
何とか週末が不毛になるのを避けられたようだ。
 
小腹が空いたので、以前友人にもらった『金ちゃんヌードルチャンポン味』を食べながら、録ってあった『住住』を見た。人からもらったお土産にイチャモンをつける話で、正直、バカリズムとオードリー若林の遠回しな対応に面倒くささを感じてしまった。そこが面白みの一つではあるはずなのだが。この雑談っぽい空気は嫌いじゃないんだけど、いまいち乗れなかった。金ちゃんヌードルは普通の方が美味いと思った。それはカップ麺あるある。
 
その後、Eテレでやってた『ニッポンのジレンマ』を途中から流し見しながら皿を洗った。息子と妻しか食べていないので皿は少ししかなかった。三浦瑠麗氏が言っていた『自分に似ていない人を愛せるかどうか』という問題設定はとても面白くてずっと考え続けた。元々は、『本当のリベラルは自分の似ていない人も愛せなくてはいけない』という話なんだけど、自分にはそこまで政治的理念も無いので、そういうリベラルがどういう人間なのか、という一歩引いた視点で考え続けることになった。古市憲寿氏の「似ている人と一緒にいる方が楽しいんじゃないですか?」の方が自分には近いかもしれなかった。最も、彼の意見は例によって議論を活発にさせるための敢えての反論にも見えたが。
その後、『欲望の世界経済史 序章』も流し見した。最近、こういうシリアスなテーマの文献やテレビ番組も気になるようになってきた。年齢を重ねたからだろうか。そういう話題からストーリー性を見出せるようになった。
 
皿を洗い終わったくらいに妻が起きた。息子の寝るまでの話を聞き、不毛先輩の話をして、寝た。
 
 

3/26 日曜日

朝は息子が一番早起きだった。
早朝、「あっち、あっち」とリビングを指差すのがうっすら見えて時計を見たら、午前5時半だった。もう少し寝よう!と妻が息子を無理矢理抱き締めるのが見えたところまでは記憶がある。
 
結局、8:30頃に起きて、ごはんを食べつつダラダラと過ごした。雨だった。息子を公園に連れていけないのはなかなか辛いと予想した。
ワイドナショー』にエレファントカシマシの宮本が出てたのは、なかなかの衝撃映像だった。宮本を直接イジるのを見たのは『HEY HEY HEY』以来だった。
 
それから、妻と息子の3人で家を出て、途中の駅で妻と別れた。妻は美容院に向かった。
妻と別れた駅の近くにあるビストロっぽい店で息子と昼ごはんを食べたが、それが失敗だった。ハイテーブルしか空いてなくて息子にごはんをあげるために膝に乗せねばならなかったし、息子はキッズランチのミニピザをあまり食べなかったし、値段の割には美味くはなかった。店の雰囲気は良かったのだけど。最終的には膝上の息子が自分たちの太ももにりんごジュースを盛大にこぼすという大惨事に終わった。
 
その後、何とか服を拭いたり息子を着替えさせたりしてから店を出て、電車で移動している最中に息子はベビーカーの中で寝た。これ幸いとばかりに目的地に向かった。
マーチエキュート神田万世橋http://www.maach-ecute.jp/)。万世橋駅跡地を利用して作ったライフスタイル提案形の複合商業施設で、前から行きたかった場所だ。
今回、シャムキャッツという好きなバンドが関わっているポップアップショップがあるということで、いい機会なので見に来た。『シャムキャッツ』と英語でプリントしてあるスリッパが一番気になった。
そして、前から来たかったのは、このカフェ・N3331http://n3331.com/)だ。この店は二本の線路に挟まれるような位置にある面白い店で、電車が走り去るのをこんなに近くに見ながら飲食できる場所はそう無い。
そういうわけで、電車好きの息子を連れて来て反応を見たかったのだが、予想通り、電車がくるたびに指差して教えてくれた。最近なぜか電車を「ちゅうしゅうしゃ」と救急車っぽい呼び名で呼ぶのは、まあ、目をつぶろう。昼食があまり食べられなかったので、ドライカレーをあげながら、美容院終わりの妻を待った。
 
妻と合流して、マーチエキュート神田万世橋にあるnoake TOKYOというお店(http://noake.jp/)で、ほうじ茶のパウンドケーキとマカロンを買って、途中の駅で息子を放って遊ばせたりしながら、妻の実家を訪ねた。パウンドケーキは手土産だった。
義母以外は12か月ぶりくらいのはずだと思うが、息子の成長ぶりに皆驚いていた。よく喋るようになってきたし、階段も自分で昇り降りするようになったので、乳児の時期を知っていれば当然だろう。
そんな驚き冷めやらぬ中、首を傾げながら「開けて?」と可愛く言う息子の覚えたての芸が炸裂していた。開けてほしいのはお菓子の袋だったり、バナナだったりする(一般的にバナナの皮は『開ける』ではなく『剥く』だが学ばない。頑固)。いろんな人にたくさん遊んでもらっていた(俺の中でBGM大泉逸郎『孫』)。
 
家に帰っても興奮冷めやらぬ息子は、何度も妻の手を引っ張っては、晩ご飯の準備を妨害した。
仕方ないので、Netflixで一緒に『仮面ライダー電王』や『きかんしゃトーマス』を見た。電王に出ていた満島ひかりがかわいかったり、トーマスに出ていた日本出身の機関車・ヒロによる日本にいた時代の回想シーンが凝ってたりした。
そうこうしているうちに、トマトパスタと、妻の実家でもらったブリの照り焼きが完成した。美味しかった。夕方にドライカレーを食べたので少なめで十分だった。
 
その後、妻と一緒に息子を寝かしつけたが、妻が起き上がれなかった。
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』を流し見しながら、皿を洗い始めた。ダウンタウン、ヒロミ、恵俊彰肥後克広10連続あっち向いてホイ勝利に挑戦する企画。肥後があっち向いてホイに全て負けるシーンは、凄過ぎて笑いまくった。それと、松ちゃんは肥後ちゃんって呼んでたけど、普段からそうなのだろうか。
 
その後、ラジオクラウドで『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』を聴きながら、残りの皿を洗った。意外と『SING』好評だと知って驚いた。なんか予告チラッと見てスベってそうだと決めつけて申し訳なかった。
radikoのタイムフリーで『ZOO ZOO ZOO』も聴いた。作品作りについての真面目な話をしていて、ああ、結構真摯な姿勢でラジオの仕事やってるなと思った。ちゃんとそこまで話すんだ、と感じたから。
 
風呂も洗って、後は寝るだけだったが、読み残している雑誌を少し読んだ。
『髪とアタシ』の【音楽と髪】特集号、『POPEYE20173月号【二十歳のとき、何をしていたか?】特集、『BRUTUS』【危険な読書】特集号、昨年末発売の『週刊文春エンタ!』。
これで、大体、読みたいところは読み終わったか。読めば読むほど、携帯のメモやAmazonの欲しいものリストに作品が増えていった。
途中で妻も起きてスマートフォンなどを触っていたが、しばらくしてまた寝た。
 
 

3/27 月曜日

まだ雨が降っていた。寝坊した。
息子は鼻水が喉に詰まるらしくて寝起きが悪かったが、Eテレの番組を見ながら踊るくらいには機嫌を持ち直した。しかし、妻を追いかけるのはやめなかった。
昨日買ったはずの食パンが無かった。妻の実家に忘れたらしい。仕方なく妻が即席でパンケーキを作って息子に食べさせたが、息子の食事は集中力を欠いていた。
そして、俺も妻の実家に手袋を片方忘れたらしい。外に出たら寒かった。寒々しい雨の中、素手でベビーカーのハンドルを握るのはなかなか辛かった。
 
そんなトラブルの積み重ねで、会社に遅刻するのが駅で決定した。非常に重々しい気持ちで出社したが、会社に入る直前にくるりの『ワンダーフォーゲル』を久々に聴いたら気持ちが少し上がった。
 
昼ご飯は何となくチキンカツカレー。金沢カレーとかいう種類のやつ。久しぶりに食べたが、なんとジャンクな味なのか。
帰りに手袋を買った。今度のはタッチパネル対応だ。
 
帰りの電車で『ヒットの崩壊』を読み進めた。いきものがかりJポップを土壌としてJポップを作っていたのは知らなかった。そう考えて聴くと印象変わりそう。
はっぴいえんどの『風街ろまん』についての言及は大体わかっていた内容だったのだけど、読んでいて聴き直したくなる書き方だったのでiPhoneで聴きながら帰った。ああ、意識すると、やっぱり文学性としか言えないものを感じられる。歩いている自分が遠く感じられる。そして、その雰囲気は日本独特としか言えない。それはやっぱり俺の好きなくるりとかにダイレクトに接続するような感じだ。
 
晩ご飯は餃子と麻婆豆腐。麻婆豆腐のハッカクがいい感じだった。
 
息子を風呂に入れて妻と一緒に寝かしつけてから、部屋の片付けをしつつ、『ゴッドタン』を見た。
ああ、俺やっぱり結構見てるらしいな。『大人のコンソメ』も大好きだったもんなあ。東京03飯塚のみひろドッキリも何となく覚えてた。すごい笑ったけど、今見ると大学生みたいなノリにも見えて懐かしい。
次に、『山田孝之のカンヌ映画祭』最終話。無くなった実家とか父親とか、最後まで「フェイクかな?」と疑いながら見ることになった。その疑いが鑑賞への集中力に繋がっていた。フェイクっていうより、演出を混ぜ込んでるのかも。そこにカメラがあるんなら演出してるよな、と感じるというか。面白かったなあ。エンドロールまで見ると映画の風格だった。『映画 山田孝之 3D』ってすげえなあ。ずっとグラサンかけてたのも、その伏線だったのかな。第1話のエド・ケンパーが意図せず伏線になっていたっていうのは、松江哲明のツイート読んで納得した。
最後に『クレイジージャーニー』アドベンチャーレース完結編。妻が言ってた「何これHUNTER×HUNTERみたい」というのは、とてもしっくり来た。レースの過酷さよりも、過酷な状況での人間模様がやはり面白いのだから、人間っていうのは本当に面白い。体力勝負だと日本人が不利になるという話も面白かった。どの分野でも似たようなことが言える気がする。
 
皿を洗いながら、radikoのタイムフリーで『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』の聴き残した部分を聴いた。ラジオクラウドでも、聴いていたのに【ひくみ】はまた聴いてしまった。やっぱりああいう下品さに弱いんだ。


3/28 火曜日

晴れていたが、天気予報によると夕方に雨が降るらしかった。
 
息子を自転車で保育園に送り、駅に着いた。
行きの電車で『ヒットの崩壊』を読み進めた。終わりが見えて来た。
 
昼食は生姜醤油らーめん。生姜に釣られて選んだのだが、生姜の味は全然しなかった。騙された。
 
妻が職場の歓送迎会ということなので、さっさと会社を出た。誰にも引きとめられなくて安心した。
 
帰りの電車でも『ヒットの崩壊』を読み進めた。いよいよ音楽産業の現状把握が終わる。音楽の今後の話に入る。
 
家に帰ると、妻が晩ご飯の準備をしていた。一度家に帰って来て、また職場付近に戻ってお店に行く予定だった。申し訳ない。息子と一緒にオムライスを食べた。美味しかった。
食べ終わると、妻が家を出た。息子は上機嫌で「ばいば~い」っぽい言葉を喋ってた。どういう気持ちなのかな、と不思議だった。この後、俺が寝かしつけなけばいけないと思うと緊張した。息子は最近俺に寝かしつけをさせない。
 
何とか息子をお風呂に入れて、意外とすんなりと寝室に連れて行って寝かしつけに入って、一安心していたら、彼は急にムクッと起き上がり、寝室を出ようとした。
玄関の電気が点いていて、妻がいると勘違いしたようだった。我が家はメゾネットというタイプの家で、玄関に入ってすぐに階段がある2Fに居住スペースがあるのだが、息子は階段を降りたがり、落下防止のために階段に行けないように設置してある柵にしがみついた。
仕方なく、両手を持ちながら、階段を降りたが、当然そこには誰もいない。1Fの冷え込みは凄くて、裸足だった足の裏は痛いくらい冷たかった。なぜか息子は遊ぶぞ~、という顔で目を爛々とさせたので、足の冷たさも限界の俺は、無理矢理息子を抱っこして階段を登り寝室に戻ったが、息子は大泣きしてしまった。
そこからは柔道の寝技のごとく、起き上がるのを引っ張っては倒し、押しては倒し、最終的には何とか抱きかかえて自分も寝る勢いで寝かしつけた。自爆。死闘であった。
 
ふと目が覚めて、携帯の時計を見たら23時だった。息子はぐっすり寝ていた。何だか頭痛がした。睡眠不足のせいだろうか。急に起きたせいだろうか。
 
寝ぼけた頭で、息子が散らかした部屋の片付けをしながら『コードギアス R2』の第2話を見た。シーズン1をなぞるんだよな。そうそう。
 
妻が帰って来て、雑談しながら皿洗いを少しずつ始めた。話した内容は、その日の歓送迎会の話と職場の人間関係の話がメインだった。話の中で日中読んだネット記事の話もした。夫婦関係と発達障害https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20151208-OYTEW55372/)という記事だった。少し前の記事で、見かけてから読むまでに時間が経ってしまった。
発達障害に割と関心がある。自分が発達障害ではないか、と疑っていたからかもしれない。アスペルガーの夫の夫婦間での振る舞いが、旧態依然とした家長制度の家庭でかなりよく聞く感じだったのは面白かった。やはり潜在的には昔からいたはずなんだ。しいたけが苦手な人が多い、というのも偏見を生みそうだが、興味深かった。
発達障害なんていうのは便宜上つけただけの名前に過ぎない、という主張もあるだろうが、名前がつくとわかりやすくて対処もしやすいし、ここで専門家が話していた具体的な対策も、大変有益な情報に思えた。
雑談は楽しかった。
 
妻が入浴と睡眠のために、出て行ってからradikoのタイムフリーで『オーディナリーミュージック』どついたるねん選曲回を聴いた。ものすごく彼らの音楽性を表す選曲で、洋楽・邦楽は問わないが、割とオーバーグラウンドからの選曲が多かったのは妙に納得した。B'zの『恋心』とSteady & Co.の『春夏秋冬』は懐かしさと唐突さで笑いながらしんみりした。考えてみれば、どついたるねんからは、オーバーグラウンドからの引用を猥雑にアンダーグラウンドに堕とし込んだような音楽が多い印象を受けていた。そろそろちゃんと聴きたい。最初にかかった『わたるちゃんツー』の身もふたもない感じヤバかった。
 
皿洗いが終わって、『ヒットの崩壊』を読み進めて、遂に読み終わった。【音楽産業のこれから】の答えが欲しくて一気に読んだ。答えはまだ出ていないけど、予測や対策はわかりやすく書いてあった。最後のモンスターヘッドとロングテールの話は何となく感じてたけど、わかりやすく文章になってて腑に落ちた。どの業界でも作品作りも作品発表もデジタル化で素人の参入障壁が低くなるけど、無名の人が埋もれない構造にできるか、無名の人が生きていけるか、が課題になりそうな予感がある。
『ヒットの崩壊』を他業界の先行指標にどうぞ、と著者がツイートしてたと思う。映像にはそのまま転用できそうかな?出版にはどうかな?不安と楽しみがある。
デジタル化の末にCDもジャケットも歌詞カードも文化として無くなっていく。音楽だけが商品になる。それは本来は正しいのだろうけど、やっぱり俺は音楽に付属していた無駄に見える文化が無くなることに抵抗がある。それはセンチメンタリズムだと一言で言っていいのだろうか。
電車書籍に対してのハードカバーの本は、音楽デジタル配信に対してのレコード(やカセット)と相似に見える。レコードは今また価値を見出されつつあるけど、本は果たしてどうなるのか。
 
 

3/29 水曜日

息子は今日も一番早く起きてリビングに行きたがった。
Netflixで『きかんしゃトーマス』を見せながらオムツを替えた。最近、トーマスを見て「ポーちゃん」と言う。ポッポーという汽笛の音からきてる語感らしい。
途中、どついたるねんのMVも見てみた。『わたるちゃん2』(https://youtu.be/nbEb7cgKiaw)と、『- BOLT-Brother Brother-』(https://youtu.be/3JHqPkeS59Q)。息子は見ながら少し踊っていたが、まだ早い、あるいは、もっと他に見せるものありそう、と思ったので消した。これ、刷り込みとか洗脳できちまうな。怖い。
 
息子を自転車で保育園に送った。上機嫌だった。
行きの電車で、途中から『七帝柔道記』(増井俊也)を読み始めた。ものすごく引き込まれた。のめり込む予感。
 
昼食はBLTサンドときのこのスープ。
少年マガジンを読んだ。ん~『はじめの一歩』どうなるのやら。みんな興味を持続できるのかな。鷹村も一歩も壊れそうだけども。一歩が宮田とやらない、という展開でこのままいけるのか。『あしたのジョー』的展開を避けたのだろうと思ってるが、盛り上がらないな。
少し『七帝柔道記』を読み進めた。体内の血がカッと熱くなるような感覚を得た。ああ、のめり込むな、これ。自分が少し柔道を差し引いても、読ませる力がある。まだ一章なのに既にめちゃくちゃ面白い。青春にも弱い。
 
家に帰ると息子と妻はレゴで遊んでいた。晩ご飯はズッキーニのパスタと、ブロッコリーミニトマトとシャケのサラダ。息子はあまりパスタを食べなかった。
色々遅くなったので、急いで息子を風呂に入れて、妻が寝かしつけた。
その間に風呂に入ったら、案の定、妻が寝室から出て来なかった。一緒に寝てしまったのだろう。
 
洗濯物をたたみながら、『住住』最終回を見た。ん~。ちょっとバカリズムの屁理屈が強過ぎて、なんか単なる嫌なヤツに時々見えるバランスだった。送別会風の演技というメタ演技は面白かった。友人や妻との会話でもやることがあるけど、それのハイレベルなヤツだった。
次に、バンダイチャンネルで無料だったので、『機動戦士ガンダムサンダーボルト』第1話も見た。ああ、カッコいいわ。でも、大人向けに作るガンダムってどうなんだろう?ガンダム好きな時点であんまり大人になりきれてないという矛盾を孕むな。今はそんなこと考える時代じゃないのかな。改めて考えると、イオっていうキャラクターは、ガンダムでは脇役だったキャラだな。こいつをカッコいいと思う感覚は大人かもしれない。
最後に、『コードギアス R2』を2話分見た。やっぱり設定に無理があり過ぎるんだよなあ。不都合なところに突っ込まない脚本は賢いのかもしれないけどルルーシュのキャラクターは面白い。やっぱり『デスノート』の月だ。
 
radikoのタイムフリーで『アルコ&ピースD.C.GARAGE』を聴きながら、皿を洗った。エリートと称するリスナーからの投稿面白かった。
 

嗜好試行日記(3/16〜3/22)

316 木曜日

Twitterを眺めてたら『カルテット』最終回について言及してる記事があった(http://realsound.jp/movie/2017/03/post-4401.html)。
家森に謎が残っている、ということだけの内容で、不用意な回答は考察していなかった。この点は妻とも話していたので、最終回が楽しみだ。
 
朝は暖かかった。
久々に息子を自転車に乗せて保育園に向かった。段差を走る時に「ああ!」と声を出してあげると爆笑。左右にハンドルを振ると爆笑。気候も機嫌に影響を及ぼすのだと思う。特に子どもは。
 
駅で妻と合流した。なぜか日経新聞を買っていた。恣意的に自分の好きなネットニュースばかり読んで思想が偏ることに危機感を覚えたらしい。わかる。情報に対して能動的か、受動的か、という点に以前は問題意識があったが、今は好きなものだけ集めて生きていける点に問題意識を持っている。
乗換駅で妻と別れてから『誰が音楽をタダにした?』を少し読み進めた。終わりが近づいてきた。
 
地下鉄降りて地上に出たら陽の光が強くて、影がはっきりしていた。
 
昼は寒かった。
昼食はうどん屋でかけうどんと、コロッケと、紅生姜のかき揚げを食べた。最近、コロッケをうどんに入れて食べるのが好きなんだけど、この行為は何かのアニメで見たから始めたはずだ。それなのに、調べてもなかなか元ネタがわからなかった。
最初は『ジーニアス・パーティ』というオムニバスアニメ短編集映画の中にあったかな、と思ったが違った。次に『カフカの田舎医者』をアニメ化した人だ、と思ったらそれも違った。山村浩二という人だった。
色々調べてどうにか押井守の『立喰師列伝』だとわかった。ケツネコロッケのお銀とかいうキャラがコロッケをうどんに入れて食べてたはずだ!しかし、あの内容で100分以上ある映画を観た気がしない。当時の自分はそんなに忍耐強かったのだろうか。
その後、少し『誰が音楽をタダにした?』を読み進めた。もう少しで【今】に追いつく。
 
夜はもっと寒かった。
少し帰るのが遅くなった。帰りの電車でブログ『青春ゾンビ』による『カルテット』9話レビュー解説(http://hiko1985.hatenablog.com/entry/2017/03/16/143021)を読んだ。相変わらず凄まじい洞察力と、作品・登場人物への愛に溢れていた。
その後、『誰が音楽をタダにした?』も少し読み進めたが、眠過ぎて途中で寝てしまった。
 
帰り道、コンビニに寄ってAmazonから届いた商品を受け取った。昨日注文したものが今日届いたらしい。そこまで早くなくても怒らないけどな。
 
帰ると息子はレゴブロックで遊んでいた。妻が寝かしつけてくれている間に、お風呂に入った。
 
お風呂を出ても寝室から妻は出ておらず、まだ息子と睡眠をめぐる格闘の最中らしかった。
出て来るのを待って2週前の『バイプレイヤーズ』を見ながら洗濯物を畳んだ。
つまらなくはないんだが、他にもっと面白いドラマがあるような気分になる。
途中で妻が息を切らしながら出てきた。壮絶な戦いだったようだ。お疲れ様
晩御飯は鮭のムニエルと浅漬けと新じゃがの煮物とご飯と味噌汁。美味しかった。新じゃがとじゃが芋は少し違う。それはわかる。
 
Amazonから届いたDVD水曜日のダウンタウン7巻を見た。松野明美絡みの企画を集めたDVD。途中でやめるつもりだったのに、面白過ぎて最後まで見てしまった。妻も笑い過ぎて腹筋も背筋も痛いと苦しんでいた。
松野明美はやはり半端ない。『水曜日のダウンタウン』特有の悪意ある(ネタバラシしない)ドッキリ企画の餌食になっているのだが、彼女の突き抜け方が企画に完全勝利していて、被害者の悲壮感が全く無いので遠慮なく笑ってしまう。未来の松野明美から現在の松野明美へのオレオレ電話企画は、何度見ても笑ってしまう。無茶な設定を飲み込む狂ったポジティブさが大好きだ。
 
皿を洗いながらradikoのタイムフリーでラジオを聞いた。
まず、『ZOO ZOO ZOO』。安部勇磨が奥山由之に「話がつまらない」と始めたのが衝撃的だった。自分の中では言われたくないワードランキングベスト3くらいに入る気がする。逆に、そんなことを言っても大丈夫な関係性が伝わってくるやり取りでもあった。
次に、『前野健太のラジオ100年後』。歌の歌詞を朗読して音楽が無い状態で歌詞を味わう【歌詞のソムリエ】のコーナーが好きで、リスナーからのリクエストも受け付けてるらしいので、何をテイスティングしてほしいか、いつも考える。くるりの曲がいいと考えた。歌ってる時に自分が歌詞を聴き取れる数少ないアーティストだし、単純に昔から好きだから。真っ先に浮かんだのは『宿はなし』。実はこの曲の歌詞は自分には聞き取れないのだけど、前野健太に合う気がした。
この曲を聴くと、くるり主催の音楽フェス『京都音楽博覧会』の2007年第一回を思い出す。アンコールの最後にくるりが歌ったからでもあるし、前日の夜にカラオケで友人か歌ったからでもある。そして、その友人が鴨川のデルタで疲れ切って寝ていたのも思い出す。
思考のままにiTunesで『宿はなし』を聴いた。やはり何を言っているのかわからない。それなのに、土着的なセンチメンタルをいつも感じる。望郷の念かな、と最初思ったが、それよりは、『本来の故郷への郷愁』という有りもしないものへの架空の気持ち、の方がしっくり来る。
 
 

3/17 金曜日

朝の息子は気分屋だった。鼻水ズルズル出しながら、自分の主張を色々と訴えた。
 
自転車で保育園に向かう途中で携帯電話を忘れたことに気づいた。このまま会社に行くシミュレーションをしてみたが、不便そうだった。
仕方なく、息子を保育園に送ってから家に帰って携帯電話を回収してから、駅に向かった。
 
行きの電車は割と人が多かったので、音楽を聴いていた。何を聴いていたかは覚えていない。
 
昼ご飯は豚の角煮定食。
『誰が音楽をタダにした?』を読み進めた。著作権侵害を争う裁判は面白い。著作権法が現実に対応しきれてないのがよくわかる。
しばらく時間が余ったので、古本屋を少し見た。写真集って、一度読むとしばらく読み返さないんだけど、欲しくなる。
 
なぜか仕事がギリギリでうまくいく感じ。
ゾーンに入ってたような感覚では?と考えた。スポーツ選手でもないし、もったいないし、滑稽な気分にもなる。でも、この先どんな仕事に就いても大丈夫にも思える。
 
帰りの電車でも『誰が音楽をタダにした?』を読み進めた。ああ、終わってしまうのが嫌だけど、終わりまで読みたくて、イイ状態だ。
 
帰ると息子がまた「たいぃ~」と言った。
最近、よく言う。おそらく「おかえり~」を聞き間違えて使っているのでは?と妻と二人でよく話す。
 
妻が息子を寝かしつけている間、風呂に入った。一人の風呂はつまらない。風呂から出ても妻は寝室から出ていなかった。
 
しばらく『誰が音楽をタダにした?』を読んで待った。
読み終わってしまった。イントロダクションになっている訳者あとがきを読んで、脳内で内容が整理された(されてしまった?)。時代の移り変わりに埋もれてしまったが、音楽の価値は一度死んだ。どれぐらい復活したのだろう。やはり映画化されるらしい。楽しみだ。
妻が寝室から全然出てこなかった。嫌な予感がして見に行くと妻は息子と一緒に寝ていた。ここまではよくある。問題はこの後起きられるかどうかだった。どうやら体調も良くなかった。最近、時々こういうことがある。夜中に息子が起きるせいで睡眠不足なのと、育児と仕事の二重苦による過労が原因だと思う。お湯を沸かしてくれパスタを茹でてくれと虫の息で指示されたので、妻が用意してくれたトマトソースでパスタを作ったが、久しぶり過ぎて量を間違えてしまい、夜中に一人で大量の麺を啜ることになった。妻は体調が悪過ぎて遂に起き上がれなかった。
 
パスタを啜りながら2週前の『住住』を見た。3人の【素】に見える演技ってなかなか大変だな、と改めて思った。
その後、洗濯物を畳みながら『コードギアス』を2話分見た。あ、そうそう、こういう鬱展開だったわ~。
 
その後、radikoのタイムフリーで『菊地成孔の粋な夜電波』を聴きながら皿を洗った。韓流最高会議。韓国のラップは日本よりアメリカっぽい印象だった。文化の差は大きいが、言語的な差も感じる。菊地成孔が前から推してる『嫉妬の化身』はずっと気になっている。
途中で妻が起きた。辛そうだった。早く寝た方がいい、と睡眠を促した。
 
ここに書いている文章についてまた考えた。最近、よく考える。何のために書いているのか?誰のために?
全て自分のための気がする。後で読み返すと面白いから。未来の自分のために。しかし、そうだとしたら、なぜネット上に公開する必要があるのだろうか?他人の視線が必要な意味は何だろうか?
ましてや、ここの文章はあまり推敲しないと決めている。そんなものを他人に晒す意味はあるのだろうか?
結論は出せず、またダラダラと記録するのだろう。
 
 

3/18 土曜日

少し寝坊した。
妻が昨日のパスタから自分の分と息子の分を分けて朝ごはんにした。息子は妻にベッタリで、ずっとついて回ったり、手を引いたりした。
 
妻が仕事に出かけてからは二人きりだった。洗濯物を干したり着替えたりしている間、息子の要望を無視したり誤魔化したりすることが多かった。そういうのは割と得意だが、「外に出たい!」と滅茶苦茶に大泣きされたのは流石に参った。
 
昼はオーガニックな感じの食品を使っている定食屋で、大盛りのオムライスと切り干し大根を二人で分けた。オムライスは半分ずつくらいで分け合った。息子はよく食べる
隣のおばさん4人組がビール飲みながらコレステロールの話をしてた。その流れで一人が「小太りぐらいが健康に良いらしいわよ」と言ったら、相手が「あんたは大太りだからダメよ!」と返して、みんなガハハと笑った。台本でもあるのかと思った。
 
その後、駅のホームで通り過ぎる電車を眺めながら、俺はドトールで買ったカプチーノとベリーのブラウニーを食べて、息子はトーストを食べた。
穏やかな日差しと少し冷たい風が気持ち良かった。息子はあらゆる電車に反応して、俺に日本語未満の言葉で報告した。
 
その後、所用で六本木に行き、息子と公園で遊んだ。
携帯で調べて行ったのだが、そこは通称【ロボロボ園】と呼ばれる公園らしい。至る所にロボットの意匠がある。たくさんの滑り台を合体させた遊具が目玉で、子どもの成長度合いに合わせて段階的に高い滑り台を滑られるようになっている。息子は真っ先に一番高い滑り台を滑りたがって驚いた。付き添って滑ってみたら、楽しかったらしく、その後何度も何度も滑り台を滑った。一度、一番高い滑り台に行列が出来た時、息子はクルッと振り向いたかと思ったら逆走して、さっさと他の滑り台を滑った。諦めが早いとも言えるが、冷静な状況判断だとも思えた。面白いヤツだ。
 
疲れるくらい遊んでから、家に帰ることした。
最寄り駅から家までの間、またウッドチップが散りばめられた広場で息子と遊んだ。息子は水遊びをしたがるが、濡れると面倒だから拒否した。なかなか大変な攻防だった。
仕事帰りの妻が合流してから、家に帰った。
 
息子は妻に大いに甘えた。
そのために、晩御飯の準備は何度も阻害された。俺も気を引こうと頑張ったのだが、息子の意思は固かった。その過程で息子にピコ太郎の『PPAP』を見せると、息子は「アッポーペーン」とか言うし、踊った。PPAPすげえ。
何とか妻が晩御飯を作ってくれた。ハンバーグ、菜の花と新じゃがのサラダ、スープ。息子が先に食べて、お風呂に入れて、寝かしつけてから二人も食べた。
 
その後、2週前の『フリースタイルダンジョン』を見た。NAIKA MCFORKのバトルがとんでもなかった。よく一瞬であんなに言葉が出てくるな。ちゃんと会話になってるし。特にFORKの韻すげえ。スタイルウォーズ面白い。
次に、『山田孝之のカンヌ映画祭』。Twitter上でも散々話題になっていたが、やっぱりとんでもねえ映像だった!!!今まで山田孝之がこの映画のために積み上げてきたチグハグな要素が大炎上していた。蛇が人に噛み付く映像、さちこのオブジェ、芦田愛菜の一刀両断っぷりなど、見どころはたくさんあるが、山下敦弘山田孝之のやり取りが一番恐ろしかった。山田孝之山下敦弘にぶつけた言葉は殺傷能力が高過ぎた。最後まで、映画とは?監督とは?という問いかけのある番組になりそう。
 
その後、皿を洗いながらradikoのタイムフリーで『能町みね子TOO MUCH LOVER』を聴いた。
そごうはバブルと寝たのだ、という印象を得た。声で聴く能町みね子はリアクションが薄く感じるけど、本当はどれくらいこの話に反応してるんだろう?と妙に想像させられた。ラジオらしくて良い聴き方かもしれない。
それから、何となく『オードリーのオールナイトニッポン』を初めて聴いた。あ~こういう感じか。ラジオの時はテレビとかと違うパターンかあ。若林のアクセル全開の卑屈さやこじれた自意識に対して、春日は殆どブレーキをかけてあげない感じだった。構造としては電気グルーヴトークとかを思い出した。若林の笑い方は音で聴くとすげえ。
春日とパラダイスとの生々しいエピソードトークを聴いて寝た。
 
 

3/18 日曜日

カーテンを開けたら快晴。
気分が良かった。
朝から息子は妻に執拗について回った。そのために予定の全てが遅れていった。
仕方が無いので何とか息子を外に連れ出すことで妻から引き剥がし、近くの公園で何度も何度もすべり台を滑らせた。出かける前から土まみれになった。
 
ようやく準備できた妻と公園で合流して、借りた車で西荻窪に向かった。
クイーンズ伊勢丹に車を止めて、昼ごはんの弁当とビールを一本買って、『西荻ラバーズフェス』というイベントを見に行った。今年2回目の開催で、俺たちは去年も見に来た。音楽ライブやら古本屋やら屋台やらとにかく西荻にまつわるものが集まるお祭り型無料野外イベントで、桃井原っぱ公園というだだっ広い広場での開かれた。
遠目に会場を見て砂埃が嵐のように舞っていて、妻は明らかに入るのを躊躇した。砂埃を避けながらご飯を食べたが、その後も酷くなる一方に見えたので、妻の判断で離脱した。結局、ベーコン串を二本食べて、イースタンユースの吉野が歌うのを少し見ることしか出来なかった。仕方ない。息子は砂埃で目を擦っていたらしい。そういうことに鈍感な自分は駄目だ。
次回は開場前に水でも撒いたらいい。
 
帰る前に、俺が大好きな書店『Title』に寄った。
外観も内装も置いてある本も店の姿勢も相変わらず最高。息子に暴れる気配があったので、妻が気を遣って外に出てくれた。あまり待たせたくないので、買うと決めてた『ランバーロール』0号という本(雑誌?同人誌?)だけ買って、すぐに妻と合流した。表紙を描いた漫画家の森泉岳土も好きだし、他に掲載されてる作家も今まで読んだことないけど気になってる人ばかりだった。
 
車を返してから、少し3人で歩いて、好きな珈琲屋でカプチーノ二つ買って、最寄り駅にある書店を通り抜けたりして、また話しながら歩いて、図書館に寄ってから、家に帰った。
 
いろんな荷物を整理してから、まず、砂だらけの息子をお風呂に入れることにした。
お風呂に入れるまで息子と遊んだが、本当に言葉っぽいことを言うようになってきたのを実感した。
その後、3人で晩御飯を食べた。ハンバーグと、目玉焼きと、菜の花とトマトのサラダと、味噌汁。美味かった。俺はよく菜の花と春菊を間違える。春菊の方が苦い、と最近覚えた。
 
息子を妻と一緒に寝かしつけた。
俺一人では無理だった。息子はずっとゴロゴロしていたけど、興奮し過ぎたのだろうか。
 
息子が壊した玩具(ミニカーを走らせる駐車ターミナルっぽいもの)を直しながら(あんなに遊ぶのになぜ壊すんだ?)、録ってあった『フリースタイルダンジョン』を見た。
TK da 黒ぶちとR-指定の対決は滅茶苦茶ホットだった。いやー、よく言葉が出てくるな、二人とも。さて、NAIKA MCと般若はバトルスタイルが近い気がする。勢いと迫力で威圧する感じ。どうなるのか楽しみ。
次に、洗濯物をたたみながら、久々に『クレイジージャーニー』を見た。アドベンチャーレース、ヤバすぎる!今までの出演者のクレイジージャーニー総結集って感じだった。自然の過酷さとの対決なんだけど、最終的に人間ドラマになりそうな予感。来週が楽しみ。
 
皿を洗うためにradikoを起動したら、『THE BEATLES 10』という番組が放送していることに気づいた。
毎週、ビートルズの全楽曲からリスナーがトップ10を選んで紹介する番組らしい。色々疑問を感じたが、とりあえず残り15分聴いてみた。
何だ!この研ぎ澄まされた狂気は!
ラジオDJビートルズが今現在も活躍している人かのように紹介するし、リスナーもリアルタイムで聴いた感じで応答している。しかも、こんな感じでもう600回以上放送したらしい。
なぜ誰もこの番組を教えてくれなかったんだ!ラジオ日本って局自体を初めて聴いたや。ラジオはまだこういう番組があるから面白い。開拓せねば。
 
その後、更に皿を洗いながらラジオクラウドで『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』を聴いた。『アシュラ』面白そう!韓国映画、やはり押さえねば!
最後にラジオクラウドで『安住紳一郎の日曜天国』のみうらじゅん出演回を聴いた。去年も聴いたはずだが、今年もくだらな過ぎて爆笑。安住アナのみうらじゅんからとりとめもない話を引き出す技術は、職人芸の域。みうらじゅんの造語は駄洒落が多いと気づいた。しかし、強いパンチライン持ってる。前にテレビで宮藤官九郎と一緒に話してるの見て、みうらじゅんはどんな話題でも真面目な表情と真面目なトーンを崩さずに話せるという芸を持ってると気づいた。このラジオでのトークは、少し砕けてて、安住アナとの親密さがうかがえた。
 

3/20 月曜日

大快晴!行楽日和!
子どもが外で遊びやすくて嬉しい。
息子と二人で過ごす祝日だ。
 
妻が仕事に出発した後、洗濯してから、息子と二人で家を出た。
晴れていたが、空気はひんやりしてて、気持ち良かった。息子がグズる前に、と思ってたら早く出過ぎた。やることが無さ過ぎて、何をしようか迷ったまま電車に乗った。とりあえず、息子のグズり具合を見てこれ以上乗るのはヤバイと判断して、隣の駅で降りた。
 
少し早かったが、混む前に昼ごはんを食べようと思って、駅前の複合商業施設に入った。
最上階のレストランに向かうと、その屋外フロアには見慣れないものがあった。巨大でカラフルなそれは、スライダーハウスという名前だった。硬い浮き輪で出来た建物みたいな、子ども達が飛んだり跳ねたりして楽しむアレだ。スライダーハウスというだけあって、大きな滑り台もついていた。
 
とりあえず、スライダーハウスの詳細は後で確認することにして、それを横目にイタリアンっぽいレストランに入った。俺は鮮魚のジェノベーゼのパスタセットというのを食べて、息子はお子様ランチのデミグラオムライスを食べた。高かったので、美味しかったけど、少し落ち込んだ。
 
お店を出て、スライダーハウスをまじまじと見た。商業施設の集客用のものらしく、施設内で500円以上買い物したレシートが必要だった。ああ、ちょうどいいや、と思ってレストランのレシートを提示して息子と入ることにした。制限時間は5分間。
久しぶりにこのタイプの遊具に入ったが、歩くのもままならない、というのが面白かった。そういう面白さだったのか。息子はゴロゴロとローリングすることが多かった。彼はずっと爆笑していた。滑り台が大好きな息子を抱えて、フワフワした階段を登り、滑った。息子はすぐにまた階段のところへ駆け出した。仕方なく、時間いっぱい滑り続けた。制限時間が来ても、それは息子には関係無いことだったので滑り続けたがった。何とかスライダーハウスから引き剥がすと、興奮冷めやらぬ息子はそこら中を走り回り、その施設の一階まで続く階段を降り始めた。4階から1階まで、だ。
なんとか往復は避けたが、滅茶苦茶汗をかいた。
 
息子を無理矢理に施設から連れ出して、カフェに行ってカフェラテとレーズンサンドをテイクアウトした。駅のホームで二人で電車を眺めながら、それらを食べた。
 
その後、一駅電車に乗って自分の家の最寄り駅に戻って来て、クリーニング屋で服を引き取って、ベビーカーの中の息子を見たら、寝ていた。
 
家に向かう途中で、息子が寝てる間に映画を観るか本を読むかを考えて、映画を観ることにした。
何とか息子を寝室に運び入れて、早速Netflixで『その男ヴァン・ダム』を観始めた。前から何となく知ってはいたけど、タマフルでヴァン・ダム特集を聴いて以来、観たかった作品だ。
あらすじを読んでコメディタッチを想像してたから、思ったよりシリアスなトーンで面喰らった。ベルギーで作った作品だから、というのもあるな。真面目にボケてる感じ。ハリウッドで作ったらもっと変なことになってたろうな。
1時間ほど観たところで、ドアの方からドンドン音がして、ドキッとしてそちらを向くとドアの向こうに小さな影がへばりついていた。普通に怖かった。息子は泣いていた。起きたら一人で、息子も怖かったろう。ごめん。
 
映画の視聴は中断して、息子を連れて少し家から離れたところにある大きな公園に向かった。とにかく息子を遊ばせて疲れさせてやる魂胆だった。
片手で持てるくらいの柔らかいボールを持って行ったところ、最初はそれを投げたり蹴ったりしていろんな方向に走るというのをやっていたが、途中で飽きたようで、常設の遊具を見つけてはそれに飛びつき、最後にはやっぱり滑り台にたどり着いた。
またも何度も滑り続けた。息子が自分で登れるサイズだったのがせめてもの救いだったが、俺の体力は十分に削られた。
遊んでる最中から土だらけで、どうしようかなー、という感じだったのだけど、決心して無理矢理抱っこして公園から退散した。
 
とりあえず、妻と合流できるまで駅近くのウッドチップが敷き詰められた広場で過ごすことにした。なだめながら何とかたどり着いた。お腹が空く頃だったので、パンをあげたら延々要求された。落としたパンを食べるのだけはやめさせた。息子はパン片手に「ポッポー」とか「ピーポーピーポー」とか汽車や救急車みたいな音を出しながら歩き続けた。息子をちゃんと見なくてはいけないのだが、その広場のベンチではカップルがずーっと濃厚なキスをしてて、どうしても気になった。高校生くらいかと思ったが、中学生だったのかもしれない。単純に気持ち悪かった。
 
妻と合流すると、息子は妻に飛びついた。
家に帰って、妻が晩御飯の準備を始めようとしたが、また息子の妨害に遭っていた。俺は洗濯しつつ風呂の準備を進めた。
何とか3人とも風呂に入ってから3人でご飯を食べた。焼いたホッケ、ひじきの煮物、煮たかぼちゃ、味噌汁、ご飯。美味しかった。息子が食べられることが優先された献立だったことに気づいて面白かった。今後もこういうことは増えるだろう。俺は貰い物のシャンパンも少し飲んだ。
 
それから、妻と一緒に息子を寝かしつけているうちに、みんな寝てしまったらしい。
ハッと気づいたら015分だった。
しばらくボーッとしてしまった。だいぶ目が覚めてきて、どうせなら、と『その男ヴァン・ダム』の続きを観た。
この残り30分にとても重要なワンシーンがあった。劇映画とドキュメンタリー映画の間にぐっと踏み込むような内容で、なるほど確かにこのワンシーンだけでも見応えはあった。そこもふくめて、ヴァン・ダムについて映画の外で語られている内容も包括するような映画になっている。所謂エンターテインメントとアートの両方を混ぜ込んだような映画で、展開もハリウッド的ではない。ゴダール映画みたいなフランス語らしき言葉の挿入もそうだった。ベルギー映画はかなりフランス映画に似ているのだろう。
観終わった頃に妻も起きた。
 
かなりモチベーションが低かったが意を決して皿を洗い始めた。
そして、radikoのタイムフリーで楽しみにしていた『山下達郎星野源のラジオ放談 WE LOVE RADIO!』を聴いた。
ハイライトは星野源のかけたオマリーの『六甲おろし』の迷曲っぷりになってしまったが、全編通してラジオの楽しさや面白さが伝わってくる内容で、自分がラジオを聴き始めた頃を思い出した。なんで聴き始めたんだっけ。
そして、今後のラジオはどうなるんだろう?インターネット社会にうまく適応できたのかな?旧メディアとインターネット技術がうまく結びついた好例になるのだろうか。出版やテレビもradikoみたいに追随できるのかな。
そして、マンボウやしろが思いのほか良い仕事してた。素直なコメントとスムーズな進行が良かった。松尾貴史に声が似てた。マンボウやしろのラジオもチェックしてみよう。
その後、引き続きタイムフリーで『ZOO ZOO ZOO』を聴いた。二人とも自分に厳しい。クリエイティブな仕事でも、確認作業が多くて、それが大事という話は面白かった。俺はクリエイティブな仕事じゃないけど、殆どの仕事が確認作業だ。
 
聴き終わってしばらくしてから、テレビはradikoに似たアプリケーションとしてTVerがあるんだった、既にラジオに追随してた、と気づいた。
うまくいってるのかは知らない。
 
 

3/21 火曜日

三連休が終わった。
と朝起きた憂鬱さで実感した。雨が降っていたせいもある。
 
さて、ベビーカーで息子を保育園に送ろうという段階で、ベビーカー用のレインカバーが無いことが判明した。どこに行ったか全くわからない。仕方なく、レインカバーが付けてある自転車で送ることにした。一瞬考えたが、濡れるのは嫌だと思ったので、四苦八苦しながら100円均一で買ったレインコートを上下身に付けて、息子を保育園に送った。雨への恨みを募らせながら、何とか駅にたどり着いた。
 
行きの電車はかなり満員で何もできなくてぼんやりした。
乗り換え駅で妻と会えたが、別の路線に乗るのでまた別れた。
短い乗車時間で『ヒットの崩壊』(柴那典)を読み始めた。国内の音楽事業の過去現在未来について語ってくれるはずだ。cakesで著者とダイノジ大谷が連載している対談も、毎回新しい音楽やポップカルチャーの話をしてて好きだ。
この前まで『誰が音楽をタダにした?』を読んでたので、自分は今音楽のビジネスモデルとかが気になるモードなのかな、と思う。
収入源がCDからライブへ移行したという話は体感としてわかるからすんなり読めた。
 
昼ごはんは親子丼。ニンニクとかがたっぷり入った『食べるラー油』みたいなのを、いつも親子丼にたっぷりかける。
というか、親子丼よりもこれが食べたくて来てるような気もする。
すぐ料理が来たので『ヒットの崩壊』は殆ど読めなかった。
 
帰りの電車でも途中から『ヒットの崩壊』を読み進めた。
現場の声や数字から分析していて、ああ、そうか、ちゃんとした新書だったっけ、と思った。なぜか少し侮っていたみたいだ。
 
家に帰り、息子と妻と3人で晩御飯。
ドライカレー、ひじきの煮物、ミネストローネ。美味しかった。最近、毎日妻はちゃんと作ってしまうが、もっと手を抜いてくれても構わない、とは思う。まあ、自分で作ったものを食べる方が体調が良いというのなら、いいんだけど。
 
息子を風呂に入れて寝かしつけてから、『カルテット』最終話を追っかけ再生で見た。もうどんでん返しなどは無く、彼らが四人で生きていけるかどうかの人間ドラマに落ち着いていた。ラストは『問題のあるレストラン』みたいだった。
思い出しながら書いてて思ったが、あのコンサートシーンはサスペンス的な要素(どんでん返しなど?)を期待して見に来た視聴者が振り落とされる描写だったのかな。
否定の否定による肯定】ではなく、【否定を寄せ付けない強い肯定】がある素晴らしいドラマだった。
 
見終わった後、皿を洗いながら、『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』で聴き残していた部分を聴いた。
ヤングハッスルの曲、普通にカッコよかった。歌詞の内容のどうしようもなく身もふたもない感じも面白かった。

3/22 木曜日

晴れた。
息子も機嫌が良かった。天気との相関を感じる。
 
行きの電車では『ヒットの崩壊』を読み進めた。第1章が終わった。人々の【共通体験】に介入するやり方の言及に衝撃を受けた。何となく感じてたことが明文化されていた。趣味嗜好の細分化で散り散りになってしまったリスナーにも存在する、共通の人生のイベントを狙い撃つ。ここを読んで真っ先に思い出したのは西野カナだった。『トリセツ』は結婚式のための曲だと感じていたが、間違ってなかった。彼女は歌詞作りにも周囲の人間の意見を聞く、つまり、マーケティングをする、と言っていたし。
 
昼ごはんはカレー、野菜スープ、コーヒー。週刊少年マガジンを読んだ。ベイビーステップの主人公はいきなり覚醒したっぽい。この展開で試合面白くできるのか。雷句誠の『VECTOR BALL』が突如連載終了した。編集と揉めたりしたんだろうか。ギャグ要素がシリアス展開を侵食し過ぎてて収拾がつかないことにはなってたが、まさか終わるとは
 
昼食後、「やるべきこと多過ぎてやる気が出ない」という妻に【やる気 池谷裕二】で検索して引っかかった対談記事を送った。
糸井重里池谷裕二の対談(http://www.1101.com/ikegaya2010/)。後で読んだらすげえ良かった。俺は『海馬 -脳は疲れない』という本を読んで以来、池谷裕二が好きだ。妻には「やる気はやり始めれば出る」ということが言いたかったんだけど、「幸せが過去への評価でしかなく、後づけである」というのも、考えれば当たり前だけど、新鮮な考え方だった。
このブログも意味を後づけするために書いてる気がする。ほぼ日手帳と一緒だったのか。
 
他には、松岡正剛の『千夜千冊』で『それでも、読書をやめない理由』(デヴィッド・L・ユーリン)についての文章(http://1000ya.isis.ne.jp/1632.html)を読んで、最終回みたいな内容にいたく感動した。
『読書』という文化はどうなるのだろう?無くなる(もしくは、大幅に機会が減る)可能性も感じているが、そのことによって何が起きるのだろうか?思考は変質するだろう。Webサイトを回遊するような細切れの思考が一般的になるのだろうか?人間はそこまで愚かだろうか?それはインターネット文化への偏見に過ぎないかもしれない。俺がスマートフォンで情報を得る時に集中力の散逸を感じているという実感はあるのだけれど。
 
その文章に呼応して、小説は漫画やアニメやドラマや映画の下位メディアでも上位メディアでも無く全く別のメディアだ、というのをまた思った。よく思うことだ。別に小説は偉くないし、もっと身近でいいのに。
文化として需要が減っているのは、供給の方法がうまくいってないからだろうか。
 
帰り道、唐揚げと手羽先を買った。
家に帰ると、息子はダラダラと晩御飯を食べてた。妻は目に見えて疲れてた。息子をお風呂に入れて妻と二人で寝かしつけた。
 
そして、目が覚めたら午前2時だった。また寝てしまっていた。妻はまだ寝ていた。
唐揚げを食べる気にならなかった。食欲が無い。でも、やるべきことはある。
やらなければやる気は出ない。だから、簡単にやれることから始めて騙し騙しやる気を出すことにした。
 
息子がまた壊したミニカーを走らせる駐車場みたいな玩具を組み立て直しながら(賽の河原かよ)、2週前の『住住』を見た。バカリズムとオードリー若林の卑屈な攻めに論破されない二階堂ふみ強い。非リアVSリア充と言ったら、わかりやす過ぎるか。
バカリズム発信の「知らない男が作った料理食いたくない」のやり取りはちょっとよくわかんなかった。その話題になるまでは食ってたし、「女の作った料理の方が食いたい」っていう主張だったんだろうか。俺は男でも女でも知らない人が作った料理は平等に躊躇しちゃう。でも、買ったものは別かな。んー、買ったものだと思ってたってことかな?素の雑談の体裁だから、こういう意見が出てきてもおかしくない気もする。俺も汚いおっさんが作ってるのを想像して言うかもしれない。ってとこまで考えて面白かった。
その後、洗濯物をたたみながら、Nスペの『避難指示“一斉解除”~福島でいま何が~』を見始めたが、10分ほどで断念した。本気で見ないとダメなヤツだった。避難指示“一斉解除”するから村民に戻ってくるように仕向けたい村長と、放射線量が下がってないから戻りたくない村民が対立するのって、根本的な解決策無いんじゃないか。地獄だろ。国が悪いっていう意見もあるだろうけど、その国には俺たち日本人全員も含まれてるし。これ、何もしなければ、福島の原発周辺が切り捨てられちゃうよな。前から思ってたことなんだけど。そんなのおかしい、とは言えるけど
 
Nスペの余韻でモヤモヤしたが、とりあえずやる気の助走をつけたので、皿洗いに入った。
radikoのリアルタイムでやっている番組で面白そうなのを探したら、『ON THE PLANET』という番組が面白そうだった。カラオケで歌われる小泉今日子の曲ランキングをやっていて、一位が『木枯らしに抱かれて』だった。知らない。有名な曲いっぱいあるけど、なんでこの曲なんだろ。
寝たのは四時だった。

志向試行日記(3/9〜3/15)

3/9 木曜日

お気に入りのミニカーを両手に持って自転車に乗り込んだ息子は、保育園に行くまでの間で片方落としてしまったようだ。赤色のスポーツカー。途中から「あ、あ」とつぶやいてたのはそれが原因だったらしい。
それでも反省はしてなさそうだった。
 
朝、スマートフォンを見ていた。
何を見ていたか思い出せない。俺は情報を欲して這いずり回るゾンビになっているのか。電気グルーヴの『TROPICAL LOVE』は引き続き聴いていた。
 
昼食はドトールミラノサンドとカフェラテ。トマトとカマンベールチーズを使った新作。まずまずの美味しさ。
食べながら少年マガジンを読んだ。一時期よりは読める漫画が増えたような気がする。
 
夜、WBCとかいう変な野球イベントが延長したせいで録れていなかった『カルテット』を、TVerというアプリで見た。便利な世の中になったもんだ。
しかし、CMで次週予告によるネタバレを挟み込ませてきたことに関しては許せない。この番組見てる人にCM見せてどうすんだよ。言われなくても見るから。そこはアプリとして制限かけるべきだろ。
内容は最高だった。今までで一番好きな回かもしれない。
『青春ゾンビ』というブログで毎回解説(答えに近そうな一つの仮説)を読んでるからかもしれないけど、見ながら今週のテーマ、シーンの意図、キャラクターの隠された心情、色彩のコントロールっぷりなどに意識が向いた。テーマは明らかに『夢』だった。それにしても、今回の脚本良過ぎる。台詞の交換がめちゃくちゃ面白くて、どのやり取りが後の伏線になるかずっと気を抜けなかった。その緊張感は第1話から続いてるんだけど。
満島ひかりのすずめが、めちゃくちゃ可愛かった。白いビジュアルになりながら、夢と現実を行き来し続けていた。高橋一生の家森も切なかった。特にすずめとのコントはレイヤーを何層か重ねた演技に見えて凄かった。
そして、舞台的に蕎麦のリレーで人間関係を表していた演出には、驚いて笑った。よくあんなすげえ脚本考えられるなあ
 
radikoのタイムフリーで『ZOO ZOO ZOO』を聴きながら皿を洗った。写真家の奥山由之と、never young beachの安倍勇磨が、ゆるいトーンで話したり時々真剣に語り合ったりする番組。真剣に語り合う時は創作についてのことが多く、ゆるくしているのは照れ隠しかな、とも聞こえる。
くるりのライブ鑑賞終わりに、レコーディングスタジオに高速道路を走って移動するタクシーの中で録音した』という特殊な回だった。高速道路を走っている興奮もあったのか、かなり率直にアツくなってる雰囲気は伝わってきた。久々にミスチルを聞くと、やっぱり良いなと思う。
その後、『前野健太のラジオ100年後』を聴いた。
春は曇りが多く、花曇りという言葉もある、という言葉を聞いて、あーそういう言葉あるな、意味を考えたことなかったなー、とか思ってるうちにSPEEDの『my graduation』がかかって、その流れの急な感じに、頭を殴られたような衝撃を受けた。そして、このmy graduationがやけにファイティングな闘志を燃やした曲だったと気づいた。当時感じた違和感はそこにあったのか。卒業というテーマにありがちな感傷的な部分をそのまま表現するのではなくて、旅立ち・出発であることを攻撃的に歌っていたから、他の曲と違ったのかな。
それにしても、前野健太は声が良い。
 
この後、感傷的な気分に引きづられて自作のDVDを探したけど見つからなくて、悶々としながら寝た。
 
 

3/10 金曜日

ブログ『青春ゾンビ』で『カルテット』8話の解説を読んで(http://hiko1985.hatenablog.com/entry/2017/03/09/120230)、自分との読みの深さの差に改めて感服した。
『入れ替わり』で読み解くかあ。いやあ、ほんとすげえ読解力だな。
 
昼食はナスとベーコンのトマトソースパスタ。飛び散ったソースがシャツに付いてヘコんだ。
BLUE GIANT10巻(石塚真一)と、『BLUE GIANT SUPREME1巻を読んだ。発売日に2冊出ることを知って驚いたが、【SUPREME】とつけて話も転換してリニューアルしたらしい。
そして、10巻を読んで愕然とした。読み始めてすぐに嫌な予感がしたけど、それをやっちゃうかあ
主人公はいろんな人のブルー(憂鬱)を見届けて吸収しながら成長していく青春ストーリーという面があるのだけど(言い方は色々あるだろうが)、今回の出来事は主人公の成長と物語の展開のために必要なプロセスとして発生してるように見え過ぎて、それが許せなく思えた。泣けるんだけど、泣かせようとしてるのも感じてしまった。SO BLUEのオーナーが観客に語るのも、ちょっとどうかと思ったけど、同じ理由だった。
俺は努力や練習が丹念に描かれてて、それが実を結ぶ、その時間がちゃんと報われる、というのが好きだった。誰かが誰かを思いやって、誰かが誰かの心を動かして、それらが誰かの運命を変えるのが好きだった。
 
家に帰りながら『淋しいのはアンタだけじゃない』2巻を読んだ。佐村河内と人としてちゃんと対話をしているのは面白く読めた。佐村河内が本当に聞こえないのか問題は踏み込みづらいところで、どこを信じるかによって意見は変わりそうだ。
これ以降は本筋である聴覚障害のドキュメント部分を増やしてくれてもいい。
 
晩ご飯はナポリタンだった。家でいただくパスタの方が美味い。
 
録ってあったテレビ番組を消化した。一週前の『フリースタイルダンジョン』。あ、焚巻出れなかったのか。チコカリートはディスり合いじゃなくて高め合いのバトルに滅法強いと再確認した。陽の人。
一週前の『山田孝之のカンヌ映画祭』。この映画作りにおける山下敦弘は【監督】なんだろうか?という疑問はずっと感じている。
この番組は芦田愛菜を可愛く撮る。
 
トイレで読み進める『ダメをみがく』で「子どもは親の趣味を引き継がない」という話を読んで、やっぱりそうかな~と少し落ち込んだ。
家中を図書館みたいに本だらけにしたいんだけど、息子は本を好きになってくれないんだろうな。せめて、世界の窓としての本を用意しておきたいんだけど、やっぱりそれって自己満足に終わるよなあ。その覚悟はしておこう。
俺も親父が好きな野球もパチンコも好きじゃないもんなあ
 
radikoで『菊地成孔の粋な夜電波』をリアルタイム聴取しながら、皿を洗った。
自分の国が良い国かどうかは、自分で決めれば良い、という言葉は何となく心に耳に残った。
洗い切れなかったので、タイムフリーで『能町みね子TOO MUCH LOVER』も聴いた。そごうが好き過ぎる大学生が出ていた。この人をどうやって見つけたんだコミケかな。トークも上手い、というか落ち着いてるな。『有楽町で逢いましょう』がそごう東京進出のPRソングだったってのは驚いた。
 
寝る前に『BLUE GIANT10巻と『BLUE GIANT SUPREME1巻を読み返した。
最初に読んだ時よりは面白く感じた。SUPREMEの方は今までのBLUE GIANTの流れに沿っているし、そこまで嫌いでもない。だけどなあと釈然としない部分は残り続けた。
気づいたら3時だった。
 
 

3/11 土曜日

めちゃくちゃ眠い。妻は、息子の朝食を作ってくれた後に、仕事に向かった。ありがとうございます。
息子は機嫌良く遊んでいたが、やはり鼻水が止まらないみたいなので、病院で鼻水を吸ってもらいに行った。
痛いのか何なのか、めちゃくちゃ暴れた。いつも通りだが。
 
その後、薬局で処方せんをもらった後、息子を保育園に預けた。
鼻水が出るけど、熱は出ていないし、本格的な風邪でも無さそうだった。
仕事じゃない日に息子を保育園に預けると、いつも少し罪悪感を覚える。
しかし、休まないことが結局ストレスとなって子どもとの接し方にマイナスに働いたり、やらなくてはいけないことに子どもを巻き込んで大変な事態になるのもおかしいと思うのでイイじゃん、と自分にも妻にも納得させる。
子どもとなるべく一緒にいたいと思っていることも、罪悪感の原因かもしれない。
 
その後、整骨院へ行った。腰の左側がおかしな痛さになっていた。やはり息子を抱っこする時はきちんとしゃがまなければダメだ。腕だけで抱えに行くと腰が大変なことになる。
 
昼は近所の中華料理屋に入って、エビ玉定食を食べた。初めて入ったけど、店の佇まいから予想していた通りに美味かった。あんかけは酸っぱかったけど、味に日本特有のやさしさを感じた。
 
その後、ちょっと電車に乗って、ホワイトデー用のお菓子を買いに行った。
そういえば、今日は3/11だった。2011年のホワイトデーはどうしたんだっけ。それどころじゃなかったような。あの嫌なムードは、終末感は、忘れられない。それまでの俺はとにかく能天気でいられたんだな、と思い出す。今はどうなんだろう。
 
家に帰る途中でTSUTAYAに寄った。
アンパンマンDVDと『ヒメアノ~ル』を借りた。映画、観る時間あるかな?短い上映時間のにしたけど。
 
家に着いて、自転車を降りたら、息子の座席から赤いミニカーが落ちてきた。
見えないところにひっかかってたみたいだ。ちょっと嬉しい。
 
家を少し片付けてから、自転車で保育園に行き、息子をピックアップしてから駅に向かった。
駅近くの駐輪場に自転車を停めてから、本屋に寄って駅に向かった。昨日懸念したことを受けて、息子に「本は面白い」と積極的に刷り込んでいこうと思っている。息子は西村京太郎の本の表紙に描かれた電車の絵を見て喜んでいた。
 
ここの文章において、配偶者を何と称するのが適切かを考えた。
実はいつも【奥さん】と書きがちで、『奥にいろ』的な意図があるのかも、と一応後で【妻】に直している。【妻】にも嫌な意味あるのかもしれないけど。この記事を読んだ影響は感じる(http://m.huffpost.com/jp/entry/15179880)。
 
駅で仕事帰りの妻と合流して、適当にパン買ったりしつつ、また本屋に寄って、スーパーで買い物をする妻と別れて、家に帰った。
 
Netflixで『仮面ライダー電王』を息子と二人でダラダラと見た。
電車が出て来て反応していたので見始めたのだが、最近は殆ど映像に反応せずじっと見つめてることが多い。
なかなか複雑な設定と、キャラクター達のバカっぽい性格が魅力的だ。
 
夜ご飯はミネストローネ。
美味かった。息子は以前好きだったズッキーニを食べなかった。
 
寝る直前、息子は変に低い声を出しながら棒状に組み立てたレゴブロックを振り回して、我々にぶつけた。
あ、これ、仮面ライダー電王の真似じゃねえかな。悪影響出てるじゃん
 
息子を二人で寝かしつけた後、録ってあったテレビを見た。
山田孝之のカンヌ映画祭』。ああ、日本映画界におけるセックス描写の問題かあ。海外と、どれくらい、どのように意識が違うんだろ。
長澤まさみの裸が見れる!ってなったら確かにそこが話題になってしまうかもしれない。大学時代の友人も吉高由里子の裸見たさで『蛇にピアス』見てた。
エンドロールがアホ過ぎてヤバかった。でも、これが映画だよな。この番組もようやく終わりに向かえてる気がする。
バズリズム』。小沢健二が出るので初めて見てみた。バカリズム小沢健二トークの相性良さそうだった。
 
皿を洗いながら、『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』を聴いた。
ラ・ラ・ランド』評面白かった。結局まだ観てないけど、観てみたくなった。【二人だけの世界で完結する】という病理については、昔『恋空』という映画をテレビで流し見して感じたことがある。ミュージカルのある『恋空』なのかな。恋空・ラ・ランド。ただし、ラストには何かあるようだ。何が観れるのか。
DJコーナーでかかった松たか子の『明日、春が来たら』の歌も歌詞も良過ぎてビックリした。あ、そうか、作詞は坂元裕二だった。青春ゾンビのブログだったかな?宇野維正氏の記事だったかな?何かで『カルテット』と合わせて最近知ったんだった。
それと、昔、『モンスターファーム』というプレイステーションのゲームのために中古CDを買ったのを思い出した。レアモンスターが出るから。あの時は、聴いてみても何も感じなかった。
 
 

3/12 日曜日

やはりめちゃくちゃ眠かった。
息子と一緒に朝ごはんを食べた。彼は昨日食べなかったミネストローネのズッキーニを二切れくらいは食べた。
 
昼食はとある駅の欧風料理屋で、キーマカレーを食べた。妻はホタテのクリームパスタで、息子はハーフサイズのオムライスで、電車が見える席を満喫していた。
 
息子はドタドタといろんなところで走り回った。彼は世界に疑いを持っていない。しかし、意外と慎重派で、あまり転ばないし、階段もそーっと登る。
 
書店に寄って、息子のために絵本を3冊買った。電車の絵本と、乗り物の絵本と、動物の絵本。
乗り物の絵本は、PVC樹脂でコーティングしてあって、お風呂でも読める優れものだった。
息子は大抵の動物を「ニャンニャン(ナンナンにも聞こえる)」と呼ぶが、今朝、カラスを指差して「ニャンニャン」と言ってたので、危機感を覚えて動物の絵本を買ったのだった。
 
息子にパンをあげながら帰宅した。
晩ご飯を作ってもらっている間、息子と星野源PVや『仮面ライダー電王』を見た。息子はどちらも黙って見ていた。
晩ご飯は鮭鮨。美味しかった。
 
息子は我々からiPhoneを取り上げると、耳に当てて「ああああ」と相槌を打つ風の所作をした。おそらく俺か妻の物真似なんだろうが、見るたびに手本にされてしまう恐怖を感じる。
 
LA LA LAND』のLAって舞台のロスアンジェルスの略語も含んでるのかな?と初めて気づいて嬉しくなった。このタイトル、なんか日本人がダジャレっぽく考えそうだなとずっと思ってたんだけど、そんな意味を含んでたのかな?そのダジャレっぽい印象の原因は久保田利伸の『LALALA LOVE SONG』だったのでは?としばらくして思い当たった。
 
息子とお風呂に入った。
息子はお風呂で読める乗り物の絵本を嬉々として眺めていた。息子がお風呂を出た後、この絵本は電子書籍に対抗し得る数少ない書籍の最終兵器だな、とか考えているうに寝てしまっていた。
最近、家で風呂に入るとほぼ毎回寝てしまう。調べると、これは失神に近く、身体に全然良くないみたいだ。
浸かる時間を減らそう。今回も全然浸かるつもりじゃなかったんだけど
 
お風呂を出ると妻が息子の世話を一人でしていて、辛そうだった。大変申し訳無かったので、出来る限り家事をやった。
皿洗い、洗濯、洗濯物のたたみ、息子のおもちゃの片付け、息子の保育園の準備、お風呂洗い等。
その間、色々見たり聴いたりした。
radikoのタイムフリーでYogee New Wavesの角舘健吾が選曲する回の『オーディナリーミュージック』。彼のバンドのファーストアルバムの一曲もかかったが、やはり初期の踊ってばかりの国を想起した。当時も似ていると思った。彼自身の選曲は、激しくない海外のダンスミュージックが多く感じた。
Netflixで『コードギアス』を3話分見た。途中、なんかガンダムSeedでもこんな話見たな、と気づいた。
ラジオクラウドで『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』の聴き残していた『ヴァ・ヴァ・ヴァンダム特集』を聴いた。『スター・ウォーズエピソード1』のダースモールについては俺も納得できる。好きだったのにすぐ死んでガッカリしたもん(ネタバレ)。『その男ヴァンダム』はずっと気になっている。それにしても、三角絞めさんは相変わらずアツく重く可笑しくこじらせまくってて面白かった。
 
 

3/13 月曜日

いつものように朝は眠い。
妻が少し体調を崩していた。昨日、俺がお風呂入ってる間に負担をかけ過ぎたせいもあるだろう。申し訳無い。
 
息子を自転車で保育園に送った。
彼は電車の絵本を手離さず、逆さまに開いたまま自転車に乗った。目の前で開いてて前が見えなそうだったけど、怖くないのだろうか。
保育園に着いたら良い匂いがした。昼食の照り焼きを作っているらしい。
息子はバイバイしてハイタッチして、さっさと去って行った。
 
駅に着いたら遅刻決定。
それだけで気持ちが落ち込んだ。だから、電車で『誰が音楽をタダにした?』を読み進めて、心を休めた。違法アップロード集団の秩序立った組織構成が面白い。『コードギアス』の黒の騎士団を思い出した。
 
昼食はタイ料理屋でカオマンガイ鶏肉につけるソースは甘辛くて、唇がヒリヒリした。帰りにタイ人らしき店員が手を合わせながら「コプンカ~」と言っていた。ポルトガル語で「ありがとう」を意味する「オブリガード」に似ている気がする。不思議だ。
 
息子をお風呂に入れた後、寝かしつけている最中に、妻と二人して寝ていた。
23時頃に起きて独りで晩ご飯を食べた。そぼろご飯とひじき煮と味噌汁。美味しかった。妻は体調が悪くて食べられないといって、また寝た。大丈夫だろうか。本格的に心配だ。
録ってあった『ドキュメント72時間』の【黄金色の串カツを】の回を見た。お腹が減る映像だった。毎月末オールナイト営業があるというのがアツイ。相変わらず、みんな頑張って生きてる。
 
その後、洗濯物を畳みながらNetflixで『コードギアス』を1話分見てたら、息子が起きて泣き叫んだ。最近、鼻水が止まらなくて咳き込んで起きてしまう。慌てて見に行くと、妻が十分に寝られなくて辛そうだった。
 
radikoのタイムフリーで『東京ポッド許可局』を聴きながら、皿を洗った。
パタンナー論】ということで、ファッションデザイナーに対するパタンナーの関係をベースとして、あらゆる業界でクリエイターの創造物を現実に落とし込む人の話をしていた。
聴いてるうちに、嫌な予感がして、どうしたんだろう、と自分でも思ってたが、あ、俺は自分が現状パタンナー寄りだと気づくのが嫌だったのか、と気づいた。クリエイターへの憧れを捨てられず、ゾンビのように可能性を探してしまう自分には気づいている。しかし、今はクリエイターになりたいわけではなく、何かをクリエイトする趣味があれば良いのでは、とも自分に問うている。青春は終わるのだろうか。
「小松菜とチンゲンサイの区別がつかない」というリスナーからの投稿を聞いた瞬間に、「あ、小松菜奈って本名かな?イジメられそうな名前だったのか!」と気づいて驚いてたら、プチ鹿島小松菜奈の話をしてて少し驚いたが、所謂おじさん的思考だったと気づいた。
 
その後、『BOOK BAR』も聴いた。
杏が森山大道の本を紹介していた。織田作之助の短編小説に写真を添えた作品らしい。装丁が凄いらしい。なんか、欲しい。
 
少年ジャンプと新聞を結束してゴミ出しの準備をしてたら、結構前の新聞に『ポーランド人の女流棋士誕生』という記事を見つけた。
NARUTOを見て将棋に興味を持って来日したらしい。何っつう行動力だよ!そして、よくそこまで極めたな。
記事の最後に棋士女流棋士は違う制度でやっている的なことがサラッと書いてあった。よくわからないし、あんまり納得がいかなかった。
 

 

3/14 火曜日

7時、アラームが鳴り響いたが、原因であろう妻のiPhoneが見当たらず、二人で右往左往。しばらく探して、真ん中で寝ていた息子がベッドと壁の間に落としていたのだろう、とようやく結論づけたが、指は入らないし、見えないし、引き続き格闘し続けた。
最終的には、過去の実績を思い出し、クリアファイルを突っ込んで、2枚の間に挟み込んで滑らせて何とか取り出した。早朝から疲れた。息子は寝続けていた。
 
電車の中で『誰が音楽をタダにした?』を読み進めた。
なるほど、このタイトルが表現している部分は大きい、と不意に理解した。面白い構成だとは思っていたが、【誰が音楽をタダにしたのか?】という問いに対して、技術者か?音楽海賊(違法使用者)か?音楽業界か?という問いかけで答えを探していく本だったのか。おそらく、答えはその三つ全てが少しずつ加担していたのだけど、それを明らかにする本なんだ。
 
昼ごはんは玉子のハッシュドビーフ
引き続き『誰が音楽をタダにした?』を読み進めた。
技術者パートのついての追跡相手はいつの間にかブランデンブルクからエリスに変わっている。移り変わりの激しいIT業界の変遷を表しているのかもしれない。またブランデンブルクに戻る可能性はあるのだろうか?
JK・ローリングの名前まで出てくるとは。彼女のビジネス的な才覚への言及は初めて見た。
 
その後、書店で美容文芸誌『髪とアタシ』の【音楽と髪】特集号を買った。
前からこの雑誌のこの号の存在は知ってたので、何となくチラ見したら、AL小山田壮平と美容師の対談での昔の話が良過ぎてグッときたから買ってしまった。そうそう、こういう出会いを書店とレンタルビデオ屋にまだ求めてる。
尾崎世界観が髪と自意識の関係をチラッと話してて、自分の髪と自意識の関係について一瞬考え込んだ。成長していくにつれて、髪型の考え方はどんどん変わっていったが、どう考えてもそれは自意識のあり方と密接だった。
美容院で切ってもらってた時期もあったけど、今は床屋で髪を切っている。お店としては何軒目だっけ。ふぁ~っといろんな記憶が蘇った。
あしたのジョー』を読みながら髪を切ってもらってたら、後で床屋に失礼だと母親に怒られたこと。初めて美容師に切ってもらって髪の洗い方の違いに驚いたこと。大学受験が終わって初めて髪を染めた時、真っ白にしたかったけど美容師に止められたこと。短髪が似合わないと気づいたこと。初めてパーマをかけたこと。美容院に行くのが恥ずかしかったり、お金が勿体無いと思い始めたこと
 
帰りの電車の中でも『髪とアタシ』を読み進めた。文字数も少ないし、内容も髪に関することばかりなので、サクサク進む。ベッド・インのパートだけはバブル言葉でクソ読みづらくて笑った。あれ監修するの大変そう。表紙が派手なので周りの目は気になった。
 
家に帰って、買っておいたホワイトデーのお菓子を妻に渡した。少しもらったらちゃんと美味しかったので安心した。
 
妻と一緒に息子を寝かしつけてから、晩御飯。そぼろご飯と、鰆の煮付けと、ひじき煮と、菜の花とサツマイモの味噌汁。もう言うこと無く満足。書いてて気づいたが、字から察するに鰆は旬だったのかな。気が利いてる。
 
その後、WBCが終わらなそうなので『カルテット』待機のために、Netflixで『火花』3話を見た。
相変わらず、映画のような絵作り。新年の夜明けに漂う青春っぽさ、胸が痛い。妻も辛そうだった。
波岡一喜はやっぱり圧倒的に強い存在感がある。佇まいかっこいい門脇麦やっと出てきたけど、この、実在しそうな感じヤバい。他の二人とは別の存在感。あ、それと高橋メアリージュンの大阪女も素晴らしい。この役をベースにして『カルテット』に移植してる気がする。
 
そして、野球が終わって『カルテット』9話。面白かった。
最終回っぽさ強かったけど、もう1話あるというのが凄い。結構満島ひかりに喋らせたなー、とは思った。加害者と被害者の関係が入り乱れる部分は『それでも、生きていく』を連想させた。『坂』の歌を歌う『坂』本美雨が『坂』で事故に遭うという『坂』本裕二の脚本。ここは駄洒落みたいな力で推進していたのを感じた。アリスのサイコパス全開の退場は見応えが凄過ぎた。時間も割いてたし、もう一度見直そうと思っている。意表を突いた次週予告も良かった。どう終わらせるんだろ。
 
その後、radikoのタイムフリーで『アルコ&ピースD.C.GARAGE』を聴きながら皿を洗った。リスナー達の投稿のクオリティも相変わらず高い。『エンタの神様』に出てそうな空手ラッパーは笑った。
終わってからはしばらく無音で過ごした。色々考えてしまった。
『髪とアタシ』の続きを読もうとも思ったけど、明日のために寝た。
 
 

3/15 水曜日

『べっぴんさん』つまんないけど習慣で見た。見ていたいキャラクターがいないのは致命的に感じているけど、それって日本的キャラクター主義のせいかな?物語自体にも興味が湧かないのはそのせいかな?
人間関係の描き方とかが見ていたくない感じなんだよなあ。祖母の孫への干渉が子どもの代にも継承される負の連鎖とか、全く解消されないモヤモヤを描いて楽しいのかな。
そして、ギャグっぽいところ全般が好きじゃないや。これは演出のせいもあるかな。
ただし、芳根京子はかわいいし、谷村美月は巧い。それらだけが頼り。
 
その後の『あさイチ』で断り方特集をやってた。
妻と断り方について話した。自分がどう断っているかを考えたが、公私共にあまり断らない気がした。いや、『断れない』のか。ちゃんと断るのは、犯罪行為と自分以外に迷惑がかかる場合くらいか。
 
駅に着くまで小沢健二の『流動体について』を聴きながら歩いた。
流動体とは何か。
電車に乗ってからは電気グルーヴの『TROPICAL LOVE』を聴いた。
 
行きの電車で『誰が音楽をタダにした?』を読み進めた。
んーエリスはブランデンブルクの後継っぽく描きたかったわけじゃなかったのかな?段々と三者が収束していく構成なのかな?
 
昼ごはんはハンバーガーとポテトとコーヒーのセット。
コーヒーがやたらと多かった。週刊少年マガジンを読んだ。『七つの大罪』は、キャラクターの顔も戦闘シーンも『ドラゴンボール』過ぎて笑う。
 
Twitterで『団地のはなし』という本が出ることを知る。
うわ、俺の好きな人ばっかり寄稿してるじゃん。時々こういうの見つけると、嬉しくて仕方ない。団地って言ったら、大友克洋の『童夢』最高。団地住んでたけど、小さ過ぎて記憶無い。それなのにノスタルジー感じるから不思議。
 
小沢健二の『流動体について』の流動体は何かの比喩じゃなくて、何かでもなくて、全てではないのか?意思も都市も人も流動体だ、と急に思い当たってしまい、そこで考えは停滞してしまった。
 
帰りの電車で『誰が音楽をタダにした?』を読み進めた。
前にも思ったが、フォレストガンプ的要素もあるな。ジャスティン・ビーバーも出てきた。
 
息子はお風呂に入ってご飯も食べ終わっていた。
砂場で楽しく遊んだそうだ。
晩御飯は鯛の西京漬け、ご飯、味噌汁、浅漬け。当然のように美味しかった。昨日食べた魚が鰆ではなく銀ダラだったことが発覚した。魚の味の区別が本当につかない。覚えられない。美味しいことはわかる。
 
『ヒメアノ~ル』を観た。この日記には観た直後の感想を書く。
森田剛の本気の怪演に感動した。あの何かヤリそうな感じ、ヤバい空気!よく事務所OK出たな。『ランチの女王』で垣間見たあの怖さが十二分に発揮されてた。
あ、当然のように濱田岳のキャラクターも素晴らしい説得力。なんで一目で人畜無害に見える雰囲気を纏えるんだ。
映画の反転する構成も最高!反転してから最後のシーンまで岡田と森田は会わないという脚本も良い。反転してからの彩度を落とした嫌な感じで、森田剛を生々しく追い続けた映像も巧い。性(生?)と死の対比はやり過ぎにも思えた。しかし、気持ちのやり場に困ってしまうラストがまたヤバイ!いろんな感情の余韻が残った。
 
その余韻が強過ぎてしばらく立ち上がれなくて、妻とダラダラ話した。
森田剛ヤバイ、と。
 
皿を洗い始めたけど、やはり映画の余韻が凄くて、聴き始めた『流動体について』がキラキラし過ぎてたので止めて、『TROPICAL LOVE』を聴いた。
無機質な音の方が良かった。反復とそこからの逸脱がダンスミュージックか、と再確認した。今までよりサビっぽいところがなくて、ずっと平均的にアガっているような構成なんだと気づいた。

思考試行日記(3/2〜3/8)

3/2 木曜日

昨晩家に帰る時に降り始めた雨は、朝には止んでいたので、自転車で息子を保育園に送ることができた。
保育園に着くと、息子は自分の身体には大き過ぎるバッグを引きずりながら、振り返ることなく保育園の奥へと歩いて行った。
 
駅で合流した妻と別れた後、電車に乗りながら『誰が音楽をタダにした?巨大産業をぶっ潰した男たち』(作:スティーブン・ウィット/訳:関美和)を読み進めた。
ずっと面白い!3人の登場人物を主軸にしてMP3という音楽データの隆盛とその周辺の騒動を描く群像ノンフィクション。だと想像しているが、果たしてそうなのか?これからどうなるのだろうか?という物語的な緊張感が途切れない。
 
昼食は豚の角煮定食。合間に読み進めた。
 
帰りの電車でも読み進めた。3人の物語は収斂するのだろうか?
電車の車内吊りポスターで見た日本平動物園http://www.nhdzoo.jp/sp/)が気になった。動物の見方を変えると、また新たな楽しみ方ができる。アートみたいな試みだ。
 
いつもより帰るのが遅くなったけどまだ息子は起きていて、バイバイしてハイタッチしてから寝室へと去った。
 
トイレでは『ダメをみがく  "女子"の呪いを解く方法』(津村記久子 深澤真紀)という本を読む。半分くらい読んだろうか。二人はダメな部分を愛して肯定する。全面的に共感できるわけでも無く、共感を求めてくる感じも無く、トイレにはちょうどよい気楽さ。
 
夕食後、録ってあったテレビ番組を見た。一回前の『フリースタイルダンジョン』。漢さん怖カッコいい。
その次に『山田孝之のカンヌ映画祭』。山下敦弘の演技を繰り返したのは何だったんだろう。久々に見た村上淳は、急に怒ったりしそうな人に見える。狂気が秘められている、ように見える。嫌な緊張感。
 
radikoのタイムフリー機能でラジオ番組を聴きながら皿を洗い、風呂を洗った。ピエール瀧が出てる木曜の『たまむすび』。
前野健太のラジオ100年後』。前野健太、良い声。言葉は率直。フランク・ザッパの『ピーチズエンレガリア』とかいう曲は華やかで良かった。
高橋幸宏選曲回の『オーディナリーミュージック』。途中まで聴いた。
 
皿を洗いながら、『断捨離』というものが嫌いだと考え始めた。何度目だろう。
気軽に捨てられるようにするための言葉なんだろうか?捨てるんだったら手に入れなければよい、という思考もこのコンセプトの範疇だろうか?
仕方無く買う場合でも捨てるのを前提で買うようになりそうだ。そんな気持ちでは物は持てない。勿論、何も捨てないように生きるのも難しいけど、手に入れるのも捨てるのも自分は本気で悩む。
あ、断捨離という字面が仏教用語みたいな高尚風の顔をしてるのも気に入らない。
とここに書くことを想定しながら考えたが、それもまた貧しい。何かを記録するために生活するのは本末転倒だろう。
何にせよ、よく知らないのに批判するのは良くないな。しちゃうけど。
ああ、断捨離の逆の言葉も考えた。繋拾付?
 
本を読む時間は、『行き帰りの電車』と『昼ご飯の時』と『家のトイレ』ぐらいだと書いてて改めて気づいた。少ない。大変だ。
 
やはり書き過ぎた。思考をそのまま残すのは無理がありそうだ。明日は減らす。
 
 

3/3 金曜日

あさイチ』に小池百合子東京都知事が出てた。息子はダラダラとご飯を食べた。最近はいつもこうだ。「生活が息子ファーストになっている」と妻と話した。
 
息子を保育園に送ってから、駅で妻と合流したが、途中、電車が満員になり過ぎてはぐれた。乗換駅で再合流したが、お互いの路線へと別れた。書いててYMOの経歴を思い出した。
 
短い乗車時間で『誰が音楽をタダにした?』を読み進めた。ショーン・パーカーという人物は映画『ソーシャル・ネットワーク』でジャスティン・ティンバーレイクが好演してたアイツだ!そうか。やはりこの本は映画向きだな。いや、映画化されそうだ。ブランデンブルクベネディクト・カンバーバッチかな。ドイツ系じゃないけど。
 
昼食はメンチカツカレー。少年マガジンを読んだ。『ベイビーステップ』はずっと面白い。『はじめの一歩』『スラムダンク』などの系譜にある主人公が初心者スタート系の王道スポーツ漫画だが、主人公が勉強ができて、頭脳戦に長けているという斬新なキャラクター設定が素晴らしい。後から足された『目も反射神経も良い』という設定は若干気になる部分だが。
 
帰りの電車でも『誰が音楽をタダにした?』を読み進めた。2000年前後にあったファイルの違法共有ブームは俺にも少しだけわかる。俺の耳に届いたのは2003年くらいだったか。
音楽はデジタル配信への移行の仕方が他の業界と全然違ったようだ。違法性がルールとテクノロジーを押し広げて、今の状況があった。政府と業界との関係性がポイントだったのか。
 
夜、金ちゃんヌードルを食べた。十数年ぶりじゃないか。東京では売っていないから。無性に食いたくなっていたら友人が買って来てくれたわけだが、相変わらずカップヌードルが駄菓子っぽさを増したような味で、カップヌードルより美味くない!という安定した味で懐かしかった。
録ってあった『クレイジージャーニー』を半分くらい見て、『住住』を見た。回想の中で回想していくという話で、ゆるくチャーリー・カウフマンっぽい脚本だった。会話からはバカリズムと若林の自意識の強さを軸にしたお笑い観が滲み出ていて面白い。二階堂ふみは女優としてコメディエンヌを全うしていて凄い。
Netflixで『コードギアス 反逆のルルーシュ』を2話分見た。昔見たのだがだいぶ忘れている。
radikoのタイムフリーで『菊地成孔の粋な夜電波』を聴きながら皿を洗った。そろそろ誰かが菊地成孔星野源を引き合わせるのではないか。
 
ここ数日、育児と時間の使い方の関係を考える。山崎ナオコーラの育児エッセイで『泡の時間』(http://web.kawade.co.jp/webmag/1088/)という回を読んだからだと思う。
【オムツを替えたり、母乳をあげたりしている時間が、どこへ行くのか、と考える。
どこへも行かない。今、ここで、自分が消費するだけだ。泡のようにパチンと儚く消える。】
という導入からして「その話を書いてくれる人がいたか」という感謝を感じる。
シンプルにやりたいことが多過ぎる、という意見にも深く同意する。子どもと一緒にいると、映画を観る時間や本を読む時間や友だちと遊ぶ時間や旅行のような、あらゆる自分のための時間が削られて物足りない気分になるけど、だからといって子どもと一緒にいたくないわけじゃない。子どもの世話は大変でも一緒にいるのは楽しい。だから、自分のための時間と子どものための時間を比較したり対立させたりする考え方は違う。
そして、今は子どものための時間を優先しようと思っている。自分の幼い頃を思い出して考えてみれば、彼が一緒にいてくれるのは今だけだろうし、そうあってほしい。
映画も本も友達も旅行先も待たせておけばいい。
 
 

3/4 土曜日

眠過ぎて寝坊した。
と言っても子どもが生まれてからは、昼まで寝たりはできなくなった。
 
洗濯してから家を出た。家事や自分の着替えなどの最中、息子にはYouTubeで電車の映像を見せてしまうことがある。食い入るように見ていて、これは教育上良くないのでは、と思う。特に文脈の無さそうな映像を見せる時にその不安は強くなる。
しかし、映像はそこら中に溢れているし、そこを避けるのもおかしいし、んー?好きなものだけを与えるのは避けたい、とも思う。ああ、まとまらない。
 
自転車で息子を保育園に送った。
走りながら、電子書籍と本・雑誌の関係は音楽配信CDの関係と相似では無い、と考えた。『誰が音楽をタダにした?』とその前に読んだ『ガケ書房の頃』(山下賢二)を思い出して着想した。それは、出版がWeb媒体などに代替可能かもしれないという点でかなり違うと思えた。出版という文化が無くなることはあり得るのではないか?
飛んで来た鳩が二羽、アンダースローのように弧を描いて目の前を横切った。
 
整骨院に来た。混んでいる。この前も混んでいた。いつの間に流行ったのだ。デスクワークと息子の重さが俺の腰を蝕んでいる。
『マッサージはプロレスに似ている』。という仮説をいつも考える。受け手が相手の全ての技を受け切るつもりに構えた方が良い、という点でそう考えている。
 
昼食は近所の店で坦々麺。「辛いのに辛くない!なぜだ!」としか言いようの無い絶妙な味に最近ハマっている。
 
家でやらなきゃいけないことをやる。
いろんな準備。NHK教育で見かけたチェーホフ戯曲『かもめ』の舞台での満島ひかりのかわいさに驚愕するも、見ている暇は無かった。『コードギアス』を1話分だけ見た。
 
保育園に自転車で息子を迎えに行き、仕事帰りで駅に着く妻と合流してから、珈琲店でカプチーノを買い、パン屋でパンを買ってから広場に寄った。
その広場には敷き詰められたウッドチップとベンチしかない。息子はパンを食べながら、楽しそうに適当な石を拾い集めていた。
妻は買い出しをして帰るので、息子と二人で自転車で帰った。時間があるのでぐるぐる遠回りしながら帰った。何となく妻の実家に寄ったら、帰って来たお義兄さんに会った。奥さんの実家の前にはアパートができる。
基礎だけが作られているのを見て思い出したが、所謂ニュータウン的な新興住宅地で育った自分の家の周りには、こういう状態の家がたくさんあった。迷路として遊んだり、家ごっこみたいに遊んだ記憶がある。意外と特殊な状況だったのかもしれない。
 
帰って来て、昨日近所の餃子屋でテイクアウトした冷凍餃子を焼いてもらって食べた。相変わらず美味い。貰い物の『農民ドライ』というワインも飲んだ。スッキリした辛口で料理に合う味だった。
 
妻と一緒に息子を寝かしつけているうちに、寝てしまっていた。何度目だ。目が覚めたのは3時。喉が痛い、あるいは、痒い。鼻水が止まらない。乾燥のせいもあるが、花粉症のせいだ。昨年から花粉症だというのを認め始めた。症状はもっと前から出ていた。
 
radikoのタイムフリーで『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』を聴きながら皿を洗った。
スキマスイッチをプロデュースした曲『ゴールデンラバー』はノリノリで素晴らしかった。iTunesで買おうかと迷ったが、「iTunesAmazonも動物的に我慢なく欲望を満たせてしまうから怖い」といつものブレーキが一応かかった。「インターネットは衝動買いを増やしたし、人間から我慢を減らした。良い面も悪い面もあるが」と常に考えてしまう。奥田民生プロデュースの『全力少年』も気になっていた。
映画『ナイスガイズ!』面白そう。考えてみりゃ『リーサル・ウェポン』も『48時間』も大好きだった。バディムービー最高じゃん。
 
 

3/5 日曜日

眠い。睡眠が足りない。予定通りには起きたが、身体がダルかった。
 
昼食用に弁当を買って池袋に向かった。
池袋はやっぱり埼玉の空気が充満していた。東京芸術劇場に向かったのだが、西口公園でアイドルの小型フェスっぽいイベントが催されていて騒がしかった。
 
東京芸術劇場のカフェスペースで弁当を食べた後、5分前くらいに公演に入場できた。
そして、妻と息子と一緒に『なむはむだはむ』を観劇した。子どもたちとのワークショップで集めた物語の断片から着想して、歌って踊って語る演劇。パフォーマンスするのは、ハイバイを主宰する劇作家・俳優の岩井秀人、俳優・ダンサーの森山未來、シンガーソングライターの前野健太3人。
この日は年齢制限が無かったので、1歳半の息子も一緒に見られた。泣き喚いたらどうしようという心配はしていたが、周りも大騒ぎだったのでそんなに気にする必要は無かった。
子どもの発想の脈絡の無さを3人があの手この手で体現する素晴らしいものだった。脈絡というものは大人が作るものなのかと気づいたのだが、見ていて覚えるのが大変そうだった(即興部分はあるにしても)。舞台セットももの凄かった。夢みたいに現れては消える3人が自由に動けるようになっていた。また、大騒ぎの子どもと戦ったり遊んだりしながら演じる3人を見ていて、役者と観客が舞台でしか隔たれていないという危うさ(そして、面白さ)が強調されていると感じるライブ感だった。岩井秀人の対応力、森山未來の身体表現力、前野健太のブルースとジョーカー的な期待感が入り混じりながら表れていた面白さを堪能した。
個人的には、生まれて初めて演劇を観る息子を特等席で見られて、めちゃくちゃ感激した。おびえたり、不思議そうにしていたり、何かを口走る息子の姿は見ていて飽きなかった。瞳がコロコロと変わった。
小学生くらいまで、母親が定期的に演劇に連れて行ったのを思い出した。あの体験は自分にまだ生きてるのか?チャンスがあれば、また連れて行こう。
 
終わって外に出ると西口公園ではまだアイドルイベントがやっていて、観劇の興奮冷めやらぬ息子はいかにもアイドルらしい音楽に合わせて妙な動きを披露した。所謂オタ芸に見えたから不思議だった。
 
タワーレコードに寄って小沢健二『流動体について』と電気グルーヴTROPICAL LOVE』のCDを買った。
この世界の片隅に』のサントラとDirty Projectorsの新譜はまた今度で買おう。まだ配信に完全には移行できない自分がいる。
CDを探してうろついてたら、インストアイベントをやってたらしい有名じゃなさそうなアイドルに声をかけられた。何か買わせるつもりだ!と察知してそそくさと断って妻と息子の元へ逃げ込んだ。『客観的にアイドルオタクに見える』という事実は嬉しくなかった。
 
最寄り駅まで帰って来て、ドトールでコーヒーとパンとブラウニーを買って、駅のホームで食べた。息子は電車が通るたび、こちらに振り向いて電車が来た喜びを教えてくれた。息子は電車が大好きだ。
 
観劇の影響だと結論づけたが、家に帰ってからも息子はずっと興奮していた。いつもと何かが違う興奮の仕方だった。晩御飯はカレーだった。息子は両手を振りかざしてカレーの美味しさを表現していて、岡本太郎を彷彿とさせた。
 
ラジオクラウドで聴き残していた『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』を聴いた。ヴィン・ディーゼルがファンタジーオタクってマジかよ。ルックスとのギャップ激し過ぎ。惚れてまうやろ。
 
 

3/6 月曜日

所用でめちゃくちゃ早起きして家を出た。しばらく家に帰れない。
移動中は小沢健二の『流動体について』を聴いていた。妻に指摘されて以来、伴奏でポコポコ聞こえるの気になる。
 
菊地成孔の『ラ・ラ・ランド』酷評っぷりが面白過ぎて夢中で読んだ(http://realsound.jp/movie/2017/03/post-4278.html)。一般公開された途端、賛否両論が起きてたのはこういうことだったのかな。この目で確認しなきゃいけないな。と思ったらちょうど観られる機会を得た。しばらく迷ったが、もう少し寝かせてみることにした。
 
晩御飯は蛙とゴーヤとパイナップルを煮た鍋や、鮫の煮物や、生きた海老を焼き石の上に乗せて紹興酒をかけて蒸し殺して食べる料理を食べた。海老は若干臭みを感じたが、紹興酒の香りだったのかもしれない。他は総じて不味くはなかった。
書いてて、何食ってんだという気分になったが。
 
家にいない間、妻が独りで息子の世話をする。想像するだけでめちゃくちゃ大変そう。申し訳ない。
 

 

3/7 火曜日

全く安眠できず、悪夢を見たが、身体はスッキリしていて元気だった。
 
昼ごはんに鶏の丸焼きが出た。
 
ぼくのりりっくのぼうよみがいろんな人と対談している(http://noahs-ark.click/)のを読んだ。
どれも面白いが、穂村弘との表現者として近い二人の対談が面白く読めた。
と俺が面白く読めて良いのだろうか?コンテンツとして中高生向けを目指してる、と明言していたので、中高生に届いてほしいような。俺『も』楽しめるコンテンツになっているだけなら良いが。
それにしても、落合陽一にも感じるが、めちゃくちゃ挑発的で生意気だ。それはキャラクターなのだろうか。その問題は紗倉まなと語っていた。
まあ、このちょっとした悪感情は、聡明さや行動力を若くして持っていることへの嫉妬だろう。こういうのが出る杭打つんだよな。良くない。
 
晩御飯は白菜の漬物を煮た火鍋だった。
 
寝る前に『誰が音楽をタダにした?』を読み進めた。しばらく空けてしまうと、略語などがわからなくなる。RIAAとかRNSとか何だっけ、とかなる。ノンストップで最後まで行かねば!エミネムの名前が連呼されてて懐かしい。エミネムドクター・ドレーにフックアップされたのか!
ジョブズが出てきた。m4aという拡張子はよく覚えているが、mp3とどう関係しているのか。
 
 

3/8 水曜日

SMAPの『STAY』を聴いてみた。ファンにとっては感動的な曲なのだろうか。
 
家に帰りながら、何度も小沢健二の『流動体について』を繰り返し聴いた。
言葉の強さがすごい。ミクロもマクロも動く様を美しく混ぜ込む。そして、その強い言葉を音楽に載せて的確にリスナーにぶつけられるのがすごい。
 
トイレで『ダメをみがく』を読み進めて、初めてハッとさせられた。
津村記久子の母が津村記久子に対して思いついた話題を自分の好きなタイミングで次々と話すのが精神的負担になっていた、という話が、完全に自分が妻にやりがちなことだと気づいた。自分の母もそんな感じだったから、妻にもそうしてしまっていたのかもしれない。中井久夫の『「つながり」の精神病理』という本に詳細が載っているらしい。この話し方は統合失調症の温床にもなる?読んでみたい。
相手の負担になる可能性は高いのに、なぜ今まで考慮しなかったんだろう。気をつけて控えよう。
そして、どうしても言い散らかしたい時のために、このブログがあると思えば良さそうだ。
 
龍の歯医者』全2編を見た。前編はかなり『新劇場版ヱヴァンゲリヲン』っぽく面白く動いてた。プラス『もののけ姫』のタタリ神とか『サマーウォーズ』の敵とかって何でも既存のものに例えるのって恥ずかしいな。
と思いつつも後編は途中が『天空の城ラピュタ』や『紅の豚』のジブリで、最後はやっばり『もののけ姫』っぽかった。全体的に『天元突破グレンラガン』や『キルラキル』っぽさも感じた。詳しくは調べてないけど、スタッフの重複に依る影響なんだろうか。
脚本は龍がいる複雑に入り組んだセカイ設定の中にボーイミーツガールぶち込んだ感じの舞城王太郎だった。舞台設定は面白かったけど、主役二人の魅力の無さが辛かった。おそらく舞城王太郎的な饒舌さで設定やエピソードくっついてるんだろうけど、語られないし、感じ取れなかった(ラストの語りはいかにも舞城節だった)。キャラクターデザインのせいもあるかもしれないが、他の歯医者の方が魅力的だった。
それにしても、この企画どうやって出発してるんだろう。映画からスタートしてるような気がしてならないが、お金の動きが気になる。なぜ続編をやりそうな余白まであったのか。
一番笑ったのは生々し過ぎるディープキス描写。新しい表現やるぞ、という気合感じた。確かに他で見たことはなかった。それにしても、あれをNHKでやるとは。
キャラクターデザインの割に感情の振れ幅が小さいキャラクターでわかりにくいけど、清水富美加a.k.a. 千眼美子)の声優良かったな。ん?声優が良くなかったからキャラクターの感情の幅が小さく思えたのか?よくわかんなくなってきた。いずれにしろ、残念。
 
radikoのタイムフリーで『アルコ&ピースのD.C.GARAGE』を聴きながら皿を洗った。漫画的・ドラマ的な妄想が相変わらず面白い。
聴き終わってから、電気グルーヴの『TROPICAL LOVE』も少し聴いた。カッコよくてバカな音楽を20年以上やってる素晴らしい人達。前作『動物と人間』よりノリが良い気がする。聴き手への攻撃性が減ったような。